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ただ身体を貸すだけです #3分読書

ーーー『充実度が62.3%となり、より素敵な社会へ近づいてきています。』
女性の声に似た合成音声で、今日のニュースが流暢に流れる。
21世期初頭にこの指標があったなら、30〜40%程度の数値となるはずだと以前誰かが話していた。


人類が生活を送る上で必要な生産活動は、ほとんどがテクノロジーで置き換え可能となった。そして、今から30年ほど前、ベーシックインカムが導入され、働かなくても“普通とされる生活”は誰でも送れるようにもなっていた。

人のやることといえば、絵を描いたり、本を執筆するなどの文化的活動、
友達、恋人、親との人間関係の悩みを人間に話したい人からの相談を受けることである。

ほとんどがテクノロジーに置き換わり、文化的活動、コミュニケーションにのみ重きが置かれるようになったが、それらが得意でない人も当然ながらいる。何もしなくても問題はないのだが、対価を得ることでより生活は、充実する。そして、心も満たされる。

そこで、対価を得づらい人々は、『ホープ』と呼ばれる首輪のようなものを着け、それから脊髄に電気信号を送り、身体を動かすことで対価を得ることができる。トイレ掃除から、配管の水詰まり、修理など、人間を動した方が効率が良い場合、タスクが発生する。
気が向いた時だけ、ホープをつけて、身体を貸すだけである。意識を維持したままか、意識を一時停止することもできる。ただ、それだけで対価が得られる。

人の意識に任せるより、ホープを着けることで、正確かつ、速くタスクをこなせる。宣伝方法、ホープのデザインが洗練されており、特に若者を中心に難なく受け入れられた。

データが集まり、その仕組みが評価されるにつれ、タスクをこなす以外にも幅が広がっていった。
1日が始まって何をしていいのか分からない人は、それを付けるだけで個々にとっての最適なスケジュールを組んで、身体が勝手に動いてくれる。
最初は、健康のための毎朝のランニングを試しにホープをつけ、身体を自動的に走らせる程度に留まっていた。それが次第に1日の活動の大半を委ねる者も増えていった。
”人間の自由の尊重“と声を上げる団体も出てきてはいたが、その声は、利便性を前にあまりにも小さすぎた。


ーーー『ホープが導入されて、10年が経ちました。普及率は、全世界で98.3%となりました。充実度は89.3%となり、より素敵な社会へ近づいています。』

女性の声に真似た声で、今日のニュースが流れているような気がする。

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