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片麻痺絶賛リハビリ中の兄のために重りを作った話。

感謝

2023年8月、造形作家の夫に私はこんなヘロヘロなメモを見せながら、宣言に似たお願いをしました。
「こんなものを作りたいです。」
非常に怪訝な顔。でも夫は優しくそして私が意外とガンコなことを知っているので最後には「やってみれば。」と言ってくれたし、完成までたくさんのアドバイスを乞うことになるのだけど、すべて対応してくれました。まず、わがままを許してくれたこと、多大なサポートをしてもらったことを大感謝とともにここに記しておきます。

はじまりのメモ。こんなヘロヘロなメモで始まりました。

兄、倒れる。

2022年9月、次兄が倒れたと連絡がありました。脳出血でした。命に別状はないものの、左半身に麻痺が残りました。兄は脳出血の治療が終わるとリハビリテーションの病院に転院。コロナ禍とあり、ずっと会えませんでしたが、半年のリハビリ中に一度だけ許可がおりて会いに行くことができました。やっと会えた。何かしてあげたい、そう思いました。でも何をしたら良いかわかりませんでした。

支えは、ワンコ。

兄は40代の独身で、心の建て直しが心配でしたが、ワンコがいたのが幸いでした。《ひとりと一匹暮らし》だったのです。兄はまたワンコと暮らすためにリハビリを頑張れたと思います。
入院中、ポメラニアンのナナちゃんは、実家のマンションでは飼えず、母の友人や、兄の友人の助けがあり、預かってもらうことができました。理解を得られご協力いただけてありがたいばかりです。

兄とパソコン。

紆余曲折があり、2023年、兄は《ひとりと一匹暮らし》を再開。再就職のため、パソコンを習い始めました。倒れるまえ、兄は体を動かす系の仕事だったので復職は難しく、またどこかで働くために新たにパソコンを習得したいと考えたのです。

兄はパソコンとは無縁でした。スマホがあれば充分な時代だから、それで済んでいたようです。パソコンが割りと得意な私は「わからないことはなんでも聞いて」と伝えました。そして、自分もパソコンを使う日々の中で気がつきました。パソコンも、片手ではやりづらい操作かあることに。

グーグル先生のお知恵。

グーグル先生にどうしたものかと相談すると、電池とモンキーレンチとクリップで、キーボードを押したままにしておく《重り》を作っている方を見つけました。以下リンク参照。

これは既存のモノを利用して組み合わせ制作したアナログの対処です。電池が指の役割をしていて、モンキーレンチが重さを補いクリップが安定させる役割をしているのだと思います。
キーボードの[押したいキーだけ]を充分な重さで押す道具はこうして先人が編み出した知恵でできていました。

私はこの道具を作れる環境にあり、作ってみようと考えました。夫が鋳金を主とした造形作家で、金属の小物を作るノウハウがあったのです。

重りの制作開始。

そして冒頭のやりとりが夫とあり、重り作りが始まりました。技法はロストワックスキャスティングです。ワックスで、作りたいカタチのワックス原型を作り、鋳造、つまり溶かした金属を鋳型に流し込み、金属でカタチづくる方法で重りを作ります。

まず、どんなカタチにするか。それは冒頭の走り描きのヘロヘロなメモのときから決まっていました。兄のワンコ、ナナちゃんがモデルの《謎の生命体》を作りたいなという気持ちが一貫してありました。ただ、キーボードのキーに見合う大きさの謎の生命体(以下コードネームのセブンと記します)だけでは、キーを押したままにするための充分な重さが無いだろうと考え、セブンの下に台をつけることにしました。当初のイメージでは、よくあるひとくちチョコレートくらいの大きさにセブンが乗っているというイメージをしています(以下そのスケッチ)。

制作前のスケッチ。

実際にワックスを削ったり溶かしてくっつけてカタチを作っていきます。

まずはおおまかに、こんなもんかな〜。
セブンのカタチが出来てきました。
キーボードのキーにも収まる大きさです。

ワックス原型ができました。ここでワックス原型の体重測定。真鍮に鋳造した場合、ざっくりワックスの10倍の重さになると想定して、完成時の重さを割り出します。似た重さのモノを探して、キーボードに乗せてみます、、、もちろん他のキーにも干渉するので手で支えながら、検証。ちょっと軽すぎるみたいでキーボードを押せてませんでした。

台のカタチを周りのキーに干渉しない程度に少し大きくすることにしました。

大きくした台は、セブンの居心地が良さそうに見えるよう、
ソファのような沈み込みやシワを作ってみました。
セブンちゃま、悩んだ末、しっぽをつけました。

ワックス原型を鋳造、仕上げ。

鋳造の作業は我が家では鋳造屋さんにおまかせしています。ワックス原型を鋳造屋さんに送ると希望の金属に置き換わって返ってきます。

台とセブンはいろいろ考えて、別々に鋳造しました。
台の底には、着色のときに必要になる
[フックをかけるための輪]をつけてあります。
磨いたところ。

鋳造後は、湯道と呼ばれる金属を流し込んだ跡がおへそのように出っぱっているので削り落とし、鋳肌を整えます。バーナーの火であぶって台とセブンをロウ付けし、くっつけます。台がのっぺらぼうでさみしいので、刻印を打ちました。セブンが上を見上げているし、そっと励ます意味を込めて、チャップリンの言葉を引用して打ちました。刻印はアルファベットのひと文字ひと文字を打っていくのですが、私の絶望的な刻印技術により、大真面目に打ったのにヘロヘロとまがっています。ご愛嬌ということにしておいてください。

You will never find a rainbow if you're looking down.

Charles Chaplin


絶望的な私の刻印技術…。

これでカタチは一旦完成です。次は色上げ。仕上がりは白くしたかったので、真鍮(金色)の重りにまず銀メッキをかけました。それから、エレカラ(セラミック電着塗装)を施し、白に仕上げます。目と鼻は、黒くしようかな。

ロウ付けしてくっつきました。
銀メッキをかける前の真鍮は金色。
銀メッキをかけました。


エレカラの白を施し、目に古びをかけました。
(目はマスキング液で覆ってからエレカラをしました。)

完成。

エレカラを施すときに必要なフックをかける輪(←底面についている)が不要になったので、切り落とし、底面を磨き、完成です。

片手がお休み中でもキーボードを押したまま、
マウスが操作できる。
重り用の小さなマットも作りました!
Shiftキーをしっかり押しています。

実はこの重りが無くても…。

完成したところで、お知らせがあります。
先程のモンキーレンチと電池のリンク先をご覧になった方はお気づきかと思いますが、パソコンにはユニバーサルな機能が備わっており、WindowsならShiftキー5回押しで呼び出せる【固定キー機能】というのが予め搭載されています。
この機能をオンにすると、《この重りは不要です》!!!

制作開始してすぐにわかっていたことなのですが、重りは作ってしまいました^^; 何かしてあげたかったのです。兄がこの重りを必要としているからではなく、衝動です。

この物理的な対処の良いところは、Shiftキーなど押したままにしたいキーを《押しているのか押していない状態なのか》が一目瞭然…ということでしょうか…。あとはセブンが可愛い…(自画自賛!)。

これは何だろう…??

いま考えているのは、作ってみたはいいけど、これは何なんだろう?ということです。作っているときは、キープレッサーと呼んでいましたが、用途がピンとくる良い呼び名を求めています。キープレッサー?はたまたアシストキーウエイト?キーボードホルダー?固定キー機能は英語でSticky Keysだから、キーステッカー?英語の語感がさっぱりわからんのです。Key Sticker
Weightとでもしましょうか…。

販売も。

なくても大丈夫だけど、あるとかわいい。こんな重りを使いたい方がもし他にいらっしゃれば、と思いこの重りのゴム型をとりました。複製が可能です。アルファベットと数字の刻印がありますので台の部分に刻印が可能です(ゴム型は刻印するまえに取ったので、複製に刻印はありません)。ヘロヘロになる(刻印の上下が揃わない)ことは確定していますが、ご要望があれば好きな言葉を入れられます。もしこの重りが役立つことがあれば嬉しいです。

この作品の鋳造の性質上といいますか、意外とコストがかかってしまい、作品もなかなかのお値段になってしまいました。。。心苦しいところです。

そうこうしているうちにこの文章も3500字を超え、、、いったいどなたがこんな長文を読んでくださるのかと思いながら。もしも読んでくださる方がいたり、必要としてくださる方がいらっしゃったら、とてもうれしく引きちぎれんばかりに私はしっぽを振って喜びます。届けこの想い~!

心は見守り寄り添って。

兄のことがあってから、町で片麻痺とともに暮らしている方々に気がつくようになりました。心の中で全力応援の念を送ってしまいます。みんなみんなそっと心は寄り添って暮らせたらなぁと思います。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。では。


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