見出し画像

豊かな世界へ

10年も20年も
同じことをやっていると、
同じことをやってきた仲間とも
経験の差が開く。

始めた頃は
お互い、荒削りな音楽だとしても
お互いそれぞれ個性は違って、
売れたり、売れなかったり、
一発当てたり、
都落ちしたり。

今更、都落ちを
劣等感にするなんて、
どーでもいいとは思うけど、
着実に、活動の幅を広げてる人たちに
「きっと、僕なんかより
たくさんの経験をして、
たくさんの出会いがあって、
僕よりたくさん
音楽の時間と経験を
得ているんだろうな」

なんて、
羨んだりするわけだ。

そんな、SNSで拝見する
友人たちのリア中投稿の
かたわらのタイミングで
たま〜に彼らの忙しい日々の
一環で、お会いして、
一緒に音を鳴らすことがある。


関係なくなる。

どーでもよくなる。


彼らは彼らで
いろいろ経験してきた。

僕も僕で
同じ時間を
別の経験で過ごしてきた。

それは仮に
ひきこもりを10年でも
いいだろう。


それらの経験を
僕らはこの身で持ち寄って
遭っては分かち合い、
君の経験と考察を聴く。
その聴覚を
僕の経験として落とし込む。

僕の経験と本音と考察を放す。

この身に因って
少しだけ世が動く。

受けているのか
注いでいるのか

媒体として
この身が
この世に触れている。


*************

だから
一つの価値観で
世を見ていると
経験の差は
どんどんひらくように感じるかもしれない。

英語が世界の公用語とされ、
たくさんのコミュニケーションが
英語で行われる中、
英語から日本語に翻訳しながら
英語圏の尺度で
活躍しようとするのは
日本人には分が悪い。


以前、ハワイで、
在住の日本のお母さんたちが
集う場に居合わせて、
「いろいろ大変だけど、
少なくとも
英語が話せるっていう
アドバンテージがあるからね」

って声が聞こえてきて、
「アドバンテージ」ってなんだっけ?
と、
ググって調べたら
「優位性」と書かれていた。

優位なのか?

英語が話せるのは
優位なことなのか?

日本語を話す僕らは
優位には立てないのか?

いや、そんなことはない。

今後、世界を鎮圧して、
公用語を日本語にすれば
日本語が優位に立てる社会(世界)が
誕生する。

*************

降りましょう。

もうそんな社会の成り立ちに
与することは
やめましょう。

終わりにしよう。

僕らはみんな
日々、かけがえのない経験をしながら
暮らしている。

そして出逢えば、
それを分かち合うことができる。

*************

先ずは自分から。

そんな自分で出逢う世界は
必ず
豊かさに満ち溢れた世界だから。

この記事が参加している募集

#この経験に学べ

54,254件

うたが、音が、言葉が、 もし心に響いてくれたなら サポートいただけたら嬉しいです。