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向き合って撮影する事の大切さを教えてもらった話(記憶に残っている撮影エピソード1 ジャック・ニコルソンさんの撮影)

 2008年にハリウッド俳優のジャック・ニコルソンさんを撮影しました。カメラマンになってちょうど3年目。ようやくプロの撮影現場にも慣れてきた頃だったのですが、ジャック・ニコルソンさんの撮影依頼の電話をもらってからはずっと緊張をしていました。「僕があのジャック・ニコルソンさんを撮影するの?お前はちゃんと撮れるのか?お前にはまだ早いんじゃないか?あのアカデミー賞俳優のジャック・ニコルソンだぞ!」と自問自答を繰り返し。撮影日が近づくと夜もソワソワして眠れなくなり、僕の頭と心の中は撮影できるというワクワクと不安がとにかく凄かったんです。

 撮影場所は六本木にあるホテルの大きなバンケットルームでした。そこに映画雑誌など5誌分のカメラマンが集められて、それぞれ撮影のセッティングを作り、本人が現れたら順繰りに撮影をしていくという方式でした。撮影時間は45秒!この頃はまだフィルム(Mamiya RZ67というカメラ)で撮影をしていた時期だったので、シャッターを切れるのは1ロール20枚が限界だなと思いました。そして今のようにデジカメで撮った写真を画像で確認出来ないので現像するまでちゃんと露出が合っているのかさえわからない。僕はとにかく事前にポラを切って露出を確認していました。

 撮影時間になりました。「ジャック・ニコルソンさん入られます〜!」という映画の宣伝担当の方の声でその場にいたみんなはピリッとします。僕が1週間ずっと緊張してきた撮影が今から始まる。今こそずっと溜め込んできたパワーを写真に変える時だ。僕は深く呼吸をして全身にグッと力を入れた。部屋に入ってきたジャック・ニコルソンさんを見て、僕はザワッとなった。なんとサングラスをしているのです。そこは窓が全くない部屋です。これから撮影だよ。なのにサングラスをしている。僕の撮影の順番は2番目だった。1番目のカメラマンさんはどうするんだろう?

 すぐに撮影はスタートしました。ジャックさんはサングラスをしたままだ。45秒なんてあっという間です。1番目のカメラマンさんはサングラスのジャックさんを撮影しています。宣伝担当の方の「もう残り時間10秒です」の合図と同じタイミングで僕の隣にいた担当の編集者さんに「最初の5枚はサングラスで撮影して、それからサングラスを外すお願いをしてもいいですか?怒らせちゃっても大丈夫ですか?」と聞いた。「大丈夫!そうしましょう。」と編集者さんは言ってくれました。1番目の撮影が終わりすぐに僕のセッティングの場所にサングラスのジャックさんが来ました。僕の目の前に現れたジャックさんの迫力に手が震え、思わず息をするのを忘れてしまいました。グッと歯を食いしばり、やるしかないと覚悟を決めました。とりあえず自分の名を名乗り撮影をスタート。数枚シャッターを切って「ジャックさん、サングラス取ってもらえませんか?」とお願いをしました。すると彼は「YES!」と元気よく答えサングラスを外してくれました。そしていろんな表情をしてくれました。全然不機嫌じゃない。いや、むしろノリノリです!僕の魂が興奮しているのがわかります。ポートレート撮影楽しいぞ!この45秒間はあのジャック・ニコルソンさんが名もなき新人カメラマンと1対1で向き合ってくれています。彼も僕を感じてくれているのがわかりました。1枚1枚のシャッターを大切に押しました。不思議なことに45秒が長く感じました。

 5人のカメラマンの撮影が終わりました。バンケットルームから出ようとしたジャック・ニコルソンさんがこちらを振り返り、通訳の方を呼びます。みんな何を話すんだろう?と興味津々だ。ジャックさんは口を開き、「今日は僕を撮影してくれてありがとう。僕は写真を撮ってもらうことが好きだ。なぜならカメラマンが新しい僕を見つけてくれるからだ。5人いたら5通りの僕がそこに写っている。あなたたちが今日撮影してくれた写真を見ることを楽しみにしています。」と話した。その場にいるみんなは感動して拍手で彼を見送りました。なんて格好良い人なんだ!

 ポートレート写真の不思議は同じ人を同じライティング、同じカメラ、同じレンズで撮影しても撮る人によって写真は変わります。僕はあの時の撮影でたくさんのことを学びました。特に被写体と向き合って撮影することの大事さをジャック・ニコルソンさんから教えてもらいました。10年以上昔の撮影だけど、とてもとてもよく覚えています。

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