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9時間離れて暮らす、彼のこと #あの日のLINE

デイヴィッドという友達ができた。

2019年の冬、一ヶ月ロンドンに滞在していたときに知り合った男性だ。年齢は聞いたことがないが、おそらく34、35歳なのではないかと思う。

英語を上達させたい! あと単純にロンドンで暮らしてみたい!と思って、現地の語学学校に通うため、私は思い切って会社を一ヶ月休んだ。しかし、待っていたのは、クラスメイト全員日本人という、ぼんやり予想はしていたがそれでも多少がっかりする事態だった。学校には他の国から来た人たちもいたものの、やはりコミュニケーションはクラスメイト同士がメインになるし、そうすると日本人同士は結局休み時間に日本語をしゃべってしまう……。

迷った末、私は、自力で英語をしゃべる機会を増やそうと、ランゲージ・エクスチェンジのマッチングアプリに登録した。多様な国に住む人間同士がマッチして、お互いの得意な言語でメッセージを交換したり、近隣で会ってしゃべったりするのをサポートするSNSだ。

正直、異国で見知らぬ男性に会うというのはとてつもなくリスキーなことだが、一ヶ月しか持ち時間のない私はとにかく必死だった。「ちょっとでも『出会い目的』っぽい人とは会わないぞ」と固く決意して、”Have you already learned ひらがな and カタカナ? (ひらがなやカタカナはもう習得しましたか?)“など、相手が真面目に日本語を勉強しているかを吟味する質問を投げていった。

大半の人はやはり出会い目的だったのか、単にもっとライトな日本語学習を求めていたのか、すぐに返事が来なくなった。浅草寺で撮った写真をプロフィールに設定し、はじめから「こんにちは!デイヴィッドです」としっかりひらがなとカタカナを使い分けた挨拶してくれた彼とだけ、なん往復もメッセージが続いた。ランゲージ・エクスチェンジという目的を満たすためだけでなく、普通に人となりが気になるなと思った私は、語学学校2週目、月曜日の授業が終わったあとに、エンバンクメント駅で彼と待ち合わせた。

彼はLINEアカウントを持っていた。イギリスや欧米圏ではWhatsAppというメッセンジャーアプリを使っている人のほうが多いのだが、彼にはロンドンでも日本人の友人が数人おり、その延長でLINEを使っていたのだ。時間や場所のやりとりも、すべてLINEで行った。

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こざっぱりした頭髪と口周りのゆたかなひげが特徴の彼は、黒いリュックに黒いニットとジーパンの上下というすっきりした格好で現れ、プロフィール写真と同じ気さくな笑顔で、私に向かって小さく手を振った。

インターネットでしか知らない相手と対面することは、人生で何度もあったが、さすがに異国の地で、それをやることになるとは思っていなかった。彼と会う予定を語学学校の友達に話したときにも、「知らない人と二人で会うのはダメだよ!せめて友達をもうひとり連れて行ったら……」と眉をひそめられたくらいだ。次の機会があるとしたらそうするだろうが、私は結局一人で行き、共通のフォロワーすらいない、言葉が本当に通じるわけではない男性と、駅前のパブでビールを飲んだ。イギリスのパブで飲む時には仲間の注文を一人が聞き、その一人が全部支払うという文化がある。この一会計を“round”と呼び、roundごとに支払う人を変えていくのだ。私たちは二人だったので、1パイント目——パイントとは、イギリスで使われるビール一杯の単位だ―—のお金を彼が出し、2パイント目のお金を私が出した。

2パイントの間、私たちの間には、何も危ないことも色っぽいこともなく、ただ「しゃべりたい言葉を聞いてもらえる楽しさ」があった。たどたどしい日本語とたどたどしい英語で、お互いのプロフィールや、語学学習を始めた経緯、お互いの国のことなどを延々としゃべった。とはいえ、私のほうがわざわざロンドンに来ている身の上だったので、初回はデイヴィッドのほうがだいぶ私に付き合ってくれていたようには思う。文法や語順が違うとその場で訂正してくれ、私がうまく伝えられない概念があると、いっしょにアウトプットを考えてくれた。

メディア関係の仕事をしているという彼は、日本の政治事情や文学にもとても造詣が深く、Brexit(イギリスのEU離脱)と関連して日本人の政治への姿勢に関心を持ったり、2000年代の日本文学のおすすめを教えてくれと言ってきたりした。私はてっきり、日本に関心がある外国人というのは大体アニメやマンガのオタクだろうと思い込んでいたので、これにはとても驚いた。その場では答えられないことも多くて、解散してバスに揺られながら一生懸命頭をひねり、あとでLINEで情報を送った。村田沙耶香さんの『コンビニ人間』がイギリスで人気というニュースをどこかで見かけたのを思い出し、リンクを送ったら、彼はまだ読んだことがなかった。

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すると、“They have the book in Spanish!!!(スペイン語版があったよ!)”と返事がきた。

英語が流暢すぎて気づいていなかったが、よく考えたら、彼はスペイン人なのだった。

当時、彼はBrexitの取材準備に追われており、私は語学学校の課題に追われていたが、私のロンドン滞在中にあと2度は会う時間を持つことができた。ランゲージエクスチェンジをして、いくつかロンドンの名所を一緒に回った。

幸運にも、友人づてに紹介してもらった人などがいて、ロンドンでは他にも何人かの男女と、ランゲージエクスチェンジをした。その人たちもとても親切で、とても得難い時間を過ごせたのだけど、日本に帰ってきてからもずっとコミュニケーションが続いているのは、LINEを交換したデイヴィッドだけだ。

彼から“Hola!”と挨拶がきて、英語ベースの時々日本語で会話をするLINEを、週に2〜3続けている。

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ロンドンと日本の時差は9時間。彼があちらの昼休みくらいに連絡をしてきて、夜自宅でのんびりしている私が返し、途切れ途切れにやりとりして、深夜1時くらいに「そろそろおやすみ!」と言うパターンが多い。私に文法ミスがあると、デイヴィッドはLINEの返信機能を使って訂正してくれるので、私もデイヴィッドの日本語をよりこなれたものに直す提案をするよう努めている。二人とも映画が好きなので、「パラサイト」の感想をはじめ韓国映画の話をしたり、アカデミー賞の賞レースを予想しあったりと、日々話題は尽きない。

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ただ、彼のほうも忙しいし、私も夜飲み会でべろべろ……ということもあるので、お互い、リアルタイムにボールが返ってこなくてもあまり気にしない。2〜3日返事がなくても、別の話題でやりとりが復活する。他の人とのLINEでも、当たり前にやっていることだけれど、それが、一時期に三度きりしか会わなかった、異国の、デイヴィッド――いちおうこの文章では仮名にしているが――、聞いた名前が本名かもわからない(保証はない!)、年齢も知らない、別に恋人でもない男性と、すでに3ヶ月近く続いているのって、結構すごいなあと感じる。この上なくささやかだけれど、すばらしい奇跡だと思う。

最近うれしかったのは、デイヴィッドからLINEスタンプをプレゼントしてもらったことだ。元々は私がポケモンのスタンプを多用していたら、「それ、僕は買えないんだよね」と言われて、私から試しにプレゼントしてみたのだ。デイヴィッドはとても喜んでそのポケモンスタンプを使い、あとで私にUK版のドラえもんスタンプをくれた。

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なるほど、海外だとスタンプが全く使えないんだと思ってスタンプをプレゼントしたのだけど、国ごとにスタンプショップで売られているスタンプのバリエーションが違うのか〜とそのとき知った。というわけで、私はたまに英語でしゃべるドラえもんのスタンプを、人に送っている。なぜかイカの着ぐるみを着たドラちゃんなどがいて、なかなかシュールだ。

デイヴィッドは、この4月に日本旅行を予定しており、何ヶ月も前からそれを楽しみにしていた。私とも会う予定を入れていたのだが、昨今の社会情勢により、彼が乗る便もついにキャンセルになった、という連絡が先日きた。人種差別のニュースが世間を騒がす中でも自分からは渡航をとりやめず、最後まで悩んでいた彼が送ってきた”Sad”には私も心が痛んだ。

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でも、飛行機がなくなってもビザがおりなくなっても、少なくとも私たちのLINEはつながっている。そして彼という、日本に来ることを楽しみにしている友達がいることで、国家間の暗いニュースを見ても―—もちろんそれ自体は深刻にとらえてしかるべきで、どこかで誰かが苦しんでいるのだけれど―—世界に絶望しきらずに済んでいるのかもしれないと思う。そうして、いつかまた待ち合わせのLINEがかわせることを願い、テムズ川の美しい光景を思い浮かべながら、今日も彼の“Hola!”を待ちわびているのだった。

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この記事は、LINE株式会社のオウンドメディア「LINEみんなのものがたり(https://stories-line.com/)」の依頼を受けて書き下ろしたものです。

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