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 ずっとあなたがいてくれた第二十一話

「そうだったんだ、怪しい人、とか思って悪いことしちゃった」今度会ったら謝らなくちゃ。
「いや、実際怪しかったんだから仕方ないよ。いきなりお守り渡すとか、代金おごるとか、怪しすぎるよね」そう言って彼は、思い出し笑いみたいにくくく、と笑った。「まあとにかく、今は安全な場所にいるから。だから安心して」
うん、と私はうなずいた。本当によかった。ちょっとだけ、危ない目に遭いかけたけど。「それにしても――」タカシ、何がしたかったんだろう。なんで私をさらうなんて……。「タカシのこと考えてる?」「うん」「タカシがなんであんなことしたんだろうって?」「分かるの?」「うん、まあ、なんとなくね」
 彼は優しく笑い、そのあと真剣な顔をして、「タカシとは、いろいろあったんだ。子どもの頃からずっと一緒だったしね」「タカシのお父さんが、先生のお父さんのお世話をしてたから?」「そう。大人たちは立場が違うと思っていたみたいだけど、年の近いタカシがいてくれて嬉しかった。兄とはかなり年が離れていたし、父はさっきも言ったように兄びいきで、母は多少マシだったけど、やっぱり兄のほうが好きなのは分かっていたから」そうだったんだ……。
「僕にとって、タカシは初めてできた友達だった。心から信頼できると思っていた。でも兄の死後、父がタカシたちを追い出したことで、すべて変わってしまった」
 彼はさらに続けようとしたけど、少しつらそうだった。思わず口走る。「つらかったらいいよ、無理に話さなくて」彼は首を横に振った。「いや、知っておいてほしいんだ。明日、タカシに会って決着をつける」「決着?」 ここで会えたから、もう終わりなんじゃないの? そうであってほしいと願いながら、私は尋ねた。
「どういう、こと……?」彼は少し考えて、それから言った。「僕が美術の講師として来たのは、偶然だと思ってる?」「えっ?」「実はね」と彼は言って、すぐに口をつぐんだ。本当に話してもいいのかどうか、考えているようだった。「大丈夫だから」
「えっ?」「私、大丈夫だから。何を聞いても驚かない。あ、驚くかもしれないけど、ちゃんと受け止める。だから話して」「かすみちゃん……」彼は優しく私の髪をなでると、決心したように、また話しはじめた。「兄の死後しばらく経ってから、父の命令でかすみちゃんを探したんだ。名前とだいたいの年齢はわかっているし、すぐ見つかるはずだからって。タカシはタカシで、かすみちゃんを探していた。お父さんが追い出される原因を作ったと勝手に思っていて、それで僕は、タカシを止めるために――」  
 体温が急に下がった気がした。やっぱり私のせいなんだ。お兄さんが、私のせいで……。目の前が真っ暗になる。「かすみちゃん!」彼の声が遠のいていく。私が、お兄さんを……。突然、両頬に痛みを感じた。「かすみちゃん、ごめん! 本当にごめん! 明日、すべて終わってからちゃんと話す。でもこれだけは覚えておいて。かすみちゃんは全然関係ない。父が勝手にそう思い込んだんだ。かすみちゃんは何も悪くないんだよ。だから心配しないで、大丈夫……」
彼の言葉を聞きながら、母のことを考えた。母が何を心配していたのか、今になってわかった気がする。でも、それじゃ遅いんだよね。お母さん……聞き分けのない娘でごめん……。

第22話へ続く

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