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ずっとあなたがいてくれた第二十五話

 車に乗り込むと楢本さんが言った。「お屋敷に行きますがいいですね」やっぱり、と私は思った。タカシはあの家で彼と会って閉じ込められたんだ。元々私が行くはずだったあの家で。「はい、覚悟はできています」

 後部座席で目を閉じると、タカシの伝言が思い浮かんだ。文字は少し震えていたけど、間違いなくタカシの筆跡だった。どんな状況にあるのだろう。とにかくタカシの顔を見て、無事を確認したかった。けど眠い……。あくびを押し殺したとき、「寝ていてもいいですよ」と楢本さんに言われた。いや、でも、と思ったけど、やはり眠気には勝てない。おやすみなさい、とつぶやいて、後部座席に身体を預けた。

 後部座席で眠る彼女の様子をうかがいながら、堀田タカシとの会話を思い返した。「かすみちゃんに伝言を届けるって? 本当か」「本当です。誓ってウソは言いません」「さあ、どうだかな」「本当ですよ!」「そうムキになるな。この件に関しては信用してやる。かすみちゃんは無事なんだな?」「もちろん。都内の病院に入院しています。意識も戻って、検査結果にも異常はないそうです」「そうか、よかった」

 用意した紙とボールペンでタカシは伝言をしたためた。後ろ手に縛られているため口でボールペンをくわえ、紙の上に滑らせる。何度か失敗したのち、「これを渡してくれるか」と言われてうなずいた。「ああそれと」立ち上がりかけたときに言われ、思わず睨んだ。「警戒しなくてもいいだろう。何もできやしないんだ」確かに、と思い警戒を解く。「かすみちゃんが俺に会いたいと言ったら、連れてきてくれないか」 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。「何ですって」思わず出た言葉だったが、タカシの態度は変わらない、本気で言っていると分かった。「正気ですか」「もちろん」「そんなことをしたらどうなるか分かってるでしょう」「ああ、分かってる。あんたが黙っていたら何も起きないということもね」「なっ……」

 危険だ。危険すぎる。先生に今一度、具申しなくてはならない。だが……。今、この瞬間だけを考えれば、黙っているほうが賢明だ。「分かりました、黙っています」「助かるよ。上手くいったら報酬を払うから」「期待しないで待つことにします。それでは」

 もう一度、後部座席の彼女に目をやった。連れていったら何が起きるのか、想像はつくが考えたくはない。会わせてほしい、連れていってくれと頼まれた。それだけだ。あとで誰に何を言われても、そんなことになるとは思わなかったと言うしかない。それ以外のことを言ってはいけない。

 ――この仕事を続けたいなら、言うべきことと言うべきでないことはきちんと区別するんだな。初めて任された仕事で失敗したとき、如月先生に言われたことだ。そのとき以来、一度も失敗はしていない。俺に失敗は許されないのだ。今も、この先も。

第二十六話へ続く

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