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「アメリカの入学式」(第2回古賀コン応募作品)

 時雄がそれを言い出したのは、いつもと同じメンツの変わり映えしない飲み会の最中。正確には誰もがお開きにしたいと思っているが言い出せずにいる、そんな時だった。
「アメリカの入学式っていうテーマがあったとするじゃん」
「おう」
「どうする?」
「どうする、とは?」
「何を書く?」
「それは脚本で、ということ? あるいは別の何か」
「何でも」
 何でも。そう言われるのがいちばん困るんだよ。この言葉はなぜか美優の声で再生された。何でもいいなら何か言ってよね! そう言ってエプロンを放り投げ、合鍵も置いて出ていった。二週間前のことだ。
「何考えてる?」
「へっ」
「へっ、じゃねえだろ、テーマ投げたんだからよ」
「悪い」
 言ってみたものの、典之は心底悪いと思っていない。時雄にも分かるのか、左手の人差し指と中指で交互にテーブルを叩き始めた。
「アメリカの入学式ねえ」
 典之が腕組みをする。と、音が止んだ。
「わかった、全員で帽子を空に向かって投げる。ラストシーンがそれで、そこに至る経緯を書く」
「卒業式だから」
「えっ?」
「空に向かって帽子投げるのは卒業式な。しかもウエストポイントっつー、陸軍士官学校。エッリート様だぜ」
 時雄はエリートをいつもエッリートと言う。リの音が若干巻いてる。アールじゃなくエルだから舌は巻かないと思うけど、それはそれとして、相当嫌な目に遭わされたんだろうと典之は思う。知らんけど。
「だから入学式だって」
 そんなん言われても。
 知らんがな、と言いそうになったが呑み込んだ。テーマをもらったら考えなくてはならない。典之は脚本家だ。
「入学式というくらいだから、何かの学校なんだよな……とすると、入学するのは誰なのか。子供か、大人か、それとも……あっ!」
 時雄がびくっとした。
「犬だ!」
「犬?」
「そう、犬の訓練学校! こないだテレビで見たんだけどさ、アジリティーっていう競技があんのよ。犬と人間が指定されたコースをクリアして、正確さとか速さを競うんだけど、その競技に出るための学校! その入学式! よーし書くぞ!」
 典之の頭の中で犬たちによる争いが始まった。様々な犬が自分を出せと言ってくる。よしよし、順番だからな。犬たちをなだめながら、典之は荷物をまとめて店を出る。
「いけね、支払いしなきゃ」
 立ち止まり、リュックから財布を取り出すと、追ってきた時雄に渡した。時雄は息を切らしている。店から数メートルしか離れていないのに相当つらそうだ。
「ホイ、今回の分。それと次回の分な。俺は欠席で頼む」
「何で」
「脚本書くんだよ! これ、次の演目だろ? 任せとけって!」
 書くぞー、待ってろよ犬たち! 俺が命を吹き込んでやる!
 血気盛んな典之を呆然と見送りながら、時雄は呟いた。
「次の演目って……、今日解散公演やっただろ……」


おしまい

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