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ずっとあなたがいてくれた第三十話

「いや、あんたの手は借りない。自分で話す」
 タカシはふらついて、すぐにうずくまってしまった。
「無理だよ、病院行こう」
彼にスマホを返すよう頼む。「ダメだ、通報はさせない」「救急車くらいいいでしょう? 事故だって言えばいいんだから」
 その瞬間、もしやと思った。タカシが言いたいことって、まさか。
「ねえタカシ、あの事故……」
脂汗を浮かべながら、タカシはうなずいた。「ああ、そうだ。俺が如月をはねた。事故なんかじゃない」「どうして……」タカシはもう何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
「先生お願い、救急車を呼ばせて。タカシに死んでほしくないの」彼は迷っていたみたいだけど、事故で通すならと返してくれた。よかった、これで助かる。
 119に電話して場所を伝えたら、ホッとして涙が出た。「病院まで付き添うのはごめんだからな」彼のそのせりふも、どこか遠くで聞こえるみたいだった。
 救急車が到着したとき、彼の姿はどこにもなかった。ボウガンも消えている。楢本さんが言った。「タカシくんには私が付き添います。かすみさんは帰ってください」「でも……」「晴馬坊ちゃんのこと、こちらでなんとかしますから」そう言われてしまったら、任せるしかない。それに私は病室を抜け出したのだ。けが人と一緒に搬送されたら、大騒ぎになるかもしれない。
 とりあえずアパートへ行って、着替えを持って戻ることにしよう。そう決心した私は、途中何度も眠ってしまいそうになりながら病室へ戻り、母が面会に訪れるまで一度も目覚めなかった。当然、食事も摂れていない。その結果、母をあきれさせることになった。「かすみ、もっとゆっくり食べたら……、パジャマにもこぼしてるし、ああもう、本当にしょうがないわね」
 そう言いながらも母は嬉しそうで、私はホッと胸をなで下ろしていた。病院に戻ったとき看護師さんと鉢合わせしてしまい、なんと言い訳するか悩んだのだが、着替えを見て「ああ」と(勝手に)納得してくれたし、母にも言わずにいてくれると約束してくれた。
 気がかりはタカシの怪我と、彼がどこに行ったのかなんだけど、自分では調べようがない。そんなとき、あの人が現れた。
「お加減はいかがですか」「楢本さん!」「もうちょっと早く来られたらよかったんですが」「大丈夫です。それにさっきまで母が来てくれてたので、鉢合わせするほうが面倒くさかったかも」そう言って笑うと、楢本さんは感心したように言った。「かすみさんはバイタリティに溢れてますね」「そうですか?」「ええ。物おじしないし、すごく前向きだから、こちらも励まされます」物おじしない、という言葉はつい最近、彼にも言われた。子どもの私は誰に対しても気おくれせず接していたそうだ。間を置かず、関係者二人からそう言われたことが引っかかった。
「楢本さん、ひとつ聞きたいんですけど」「タカシくんの怪我なら命に別条はないそうですよ。しばらくは安静だそうですが」「そうなんですか、よかった!」って、そうじゃなくて――。咳払いで気分を変える。
「楢本さん、子どものころの私に会ったことありますよね?」      

☆第31話へ続く☆

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