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『凍てつく太陽』(葉真中顕) 感想

平成30年に出版された、第21回大藪春彦賞、第72回日本推理作家協会賞受賞作。遅ればせながらこの小説を読み、深い感銘を受けました。

太平洋戦争末期の北海道で相次ぐ毒殺事件と、現場に残された血文字の謎。この謎を追っていくと、ある「軍事機密」が浮かび上がります。この機密に翻弄される人々を描いた小説です。

主人公の日崎はアイヌの血をひく特高刑事です。日崎の父親は日本人で、同化政策をすすめるためアイヌの村へやってきました。村の娘と結婚し、日崎が生まれます。特高の同僚で拷問王の異名を持つ三影は、なにかにつけ日崎の邪魔をします。

この二人の造形が素晴らしく、同じ特高刑事で、同じように天皇陛下に尽くしていながら、ことごとく対立する構図ができあがっています。成長過程でアイデンティティのゆらぎを経験するのも同じです。しかし二人のたどる人生は対照的で、日崎と三影の名前にもそれがあらわれているのかもしれません。

二人が所属する内鮮係は国内の朝鮮人を警戒監視する部署で、室蘭の軍需工場から朝鮮人工員が脱走した事件の捜査にあたります。脱走犯は拷問死したため、日崎が工場に潜入し、脱走経路を探ることになりました。物語はそこから始まります。

若い工員ヨンチュンと、日崎、三影の三人が絡み合い、それぞれの背景となる文化習俗を織り込みながら、壮大な物語を紡いでいきます。もちろん謎解きも重厚です。

ここに描かれるのは民族間の対立ではありません。国家と人間、とりわけ国家に翻弄され蹂躙される人間の姿と、そこからどう立ち上がるか。全幅の信頼を寄せていた国家に裏切られたとき、人は何を支えに、何をよりどころとして生きるのか。人間とは、国家とはなんなのか。範なき現代に生きる私たちにとって、いまもっとも読むべき小説だと思いました。

🐾おしまい🐾

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