魔法使いの憂鬱

マキは朝のコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていた。ブロック塀の上を歩いてきた黒猫がマキの方を見て、にゃあ、と鳴いた。
「さあ、仕事が来るね」
マキは誰にともなく声に出した。
スマホが短く振動しメッセージが表示された。
〈相談したいことがあるのでお会いできますか?〉
先週のマキの神秘学講座に参加した山崎からだった。
その日の午後、2人は駅前のカフェで待ち合わせた。

山崎は、黒のタートルのシャツに黒の細身のパンツでサングラスをかけていた。
「今日は、わざわざどうも」
「いえ、あなたとまたお会いするような気がしていました」
山崎は、鼻の穴をヒクヒクさせながら続けた。
「実は俺シャーマンで、最近ある神社に行った人の除霊をしたんだけど、そこの神社の悪霊を祓いに行く流れみたいで、マキさんを誘ってみたいなと思って」
「いいですよ、お手伝いしましょう」
マキは、ニッコリと微笑んだ。

2日後、2人はその神社に向かった。
本殿の裏が切り立った崖で眼下を一望できる休憩所になっている。
マキが立ち止まる。山崎は何やらブツブツ唱えて指で印を結んだりし始めた。
マキは心の目を開いた。
多くの武士が追い詰められ、崖から飛び降りる者、自害する者、敵に殺される者、血なまぐさい光景が浮かび様々な無念と怨念が渦巻いていた。
マキは、悪霊と呼ばれる気の毒な人々を労い、事の次第を伝えて行くべきところに行くようにと話しかけた。肉体は無くなり、魂は召されても、強い負の感情だけはそこに残る。それらのエネルギーが怨霊や悪霊と呼ばれる。
木々が風にさわさわと鳴り、雲が切れて秋の清々しい光が差し込んだ。

数日後の朝、山崎からメッセージが来た。あの日から発熱して体調を崩しているという。
〈あなた何か持って帰った?〉
マキのメッセージに返信が来た。
〈帰る時すごく光る石があって、神様のご褒美だと思って持ち帰りました〉
〈それ、すぐに返してきてね。それと、あなた、どこで学んだの?〉
〈シャーマンや陰陽師のコミックです。読んだことを実践して独学で学びました〉
マキは、ため息をついた。
夕方、山崎からメッセージが入った。
〈石を返したら嘘のように楽になりました。石の事わかるってマキさんすごいですね〉
ブロック塀をいつもの黒猫が歩いている。マキを見てにゃあと鳴いた。
マキは、猫に向かって言った。
「だって、わたし魔法使いなんだもんね。仕事終わったわよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?