「悪い女」
追いかける恋が好きだった。ベッドに寝ている彼の背中越しに、生き様や世界観を見るのが好きだった。彼は売出し中のデザイナー。二人でおしゃれをして夜な夜な派手に遊びを楽しんだ。彼は華やかな世界に身を置き輝いていた。彼の創作の苦悩やプレッシャーをわたしは誰よりもよく知っていた。彼の目線はいつもわたしより遠くの夢を見つめていた。わたしは才能ある彼を愛していた。彼に心を傾け、彼の帰るところでありたいとずっと思っていた。
同棲して三年、わたしは三十歳を過ぎた。与え続け待ち続ける日々に疲れが出始めた。彼に女性の影が見え隠れした。もう何度目だろう?
わたしは、暑い夏のさなか彼の元を去った。
三十代半ばのありふれたサラリーマン、シライシさんと知り合った。今までのわたしなら絶対付き合わない。
シライシさんは毎日電話してくる。わたしだけを見てる。わたしが料理をしていると嬉しすぎて、周りでうさぎ跳びをしてしまう。
今まで、こんなにも愛されたことってあった?
もしかしたら、自分の気持より、愛され望まれて結婚するのが女にとっての幸せなのかも、という考えがわたしを捉えていた。
年末、仕事帰りのシライシさんと待ち合わせをして、ブランドのセールに行った。
「外で待ってるからゆっくり見ておいで」
わたしは店に入る。買物の紙袋を彼に預け、別の店に入る。二軒目、三軒目と預ける紙袋が増える。シライシさんは善良で従順だ。嫌な顔ひとつせず待っている。
何かが私を苛立たせる。
わたしが求めてるのはこれじゃない!まるで復讐のようにわたしは買い物をする。最後の買い物を済ませて店を出た。
華やかな女性でごった返す中にいくつもの紙袋をぶら下げて立っているシライシさんがモノクロで見えた。くたびれたグレーのスーツ、年の割には薄い髪の毛が乱れてはねている。わたしの姿を見つけて、満面の笑みで無邪気に手を振ってきた。
ごめん、もう、自分に嘘はつけない。
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