『マチネの終わりに』第九章(10)
洋子の人生も、もう随分と先へと進んでいるのだと蒔野は思った。彼女の存在が、震災後の自分の音楽活動にとって、どれほどの支えになっていたかを、本人に知らせる術はなかった。世界のどこかで、自分の新しいバッハを聴いているかもしれないという期待はあったが、別れの経緯を思い、彼女の現在の活躍を目にすると、それも望むべくもなかった。
蒔野は、別れの日以後、初めて洋子の名前を検索してみて、彼女が現在所属するNGOのサイトも確認した。難民局はジュネーヴにあるらしく、今はもう、NYには住ん