『マチネの終わりに』第六章(31)
蒔野の心の中に、今更リチャードという一人の人間を住まわせる意味はなく、蒔野自身もそれを望まない風であることは察せられていた。黙っていようと思っていた。しかし、それ故に、彼が、その愛を以て、戦地で傷ついた恋人の心を慰めているつもりで、その実、恋敵の未練にかかずらう動揺まで面倒を看させられていた、というのは、何か、彼の誠実さに対する甘えた欺瞞であるように感じられた。
一週間という滞在期間であれば、自分はきっと、平穏に過ごせるはずだと、洋子は努めて信じようとしていた。蒔野と再会