マガジンのカバー画像

平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

216
平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
運営しているクリエイター

2015年8月の記事一覧

『マチネの終わりに』第六章(25)

 是永は、蒔野の名前が出たこと自体は、別段、唐突とも感じなかった風だった。が、「うーん、…

26

『マチネの終わりに』第六章(26)

「え、……ああ、……」 「てっきり取ってるのかと思ってた。去年のコンサートのあと、蒔野さ…

36

『マチネの終わりに』第六章(27)

 彼女は、蒔野さんが主演を務める人生に、ずっと、すごく重要な脇役としてキャスティングされ…

32

『マチネの終わりに』第六章(28)

 しかし、話を聞き進めていくうちに、段々と、何も知らないのは自分の方ではないかという気が…

29

『マチネの終わりに』第六章(29)

 洋子の日本滞在は、僅かに一週間の予定で、蒔野はそれをやはり、短いと感じたが、ジャリーラ…

35

『マチネの終わりに』第六章(30)

 洋子は、是永のいかにも悪気のない憶測を、あれ以来気に掛けていた。一旦芽吹くと、洋子の中…

29

『マチネの終わりに』第六章(31)

 蒔野の心の中に、今更リチャードという一人の人間を住まわせる意味はなく、蒔野自身もそれを望まない風であることは察せられていた。黙っていようと思っていた。しかし、それ故に、彼が、その愛を以て、戦地で傷ついた恋人の心を慰めているつもりで、その実、恋敵の未練にかかずらう動揺まで面倒を看させられていた、というのは、何か、彼の誠実さに対する甘えた欺瞞であるように感じられた。  一週間という滞在期間であれば、自分はきっと、平穏に過ごせるはずだと、洋子は努めて信じようとしていた。蒔野と再会

『マチネの終わりに』第六章(32)

 呼吸を意識し、楽曲を冒頭から辿ってゆこうとするものの、わかりきっている箇所は焦燥が次々…

23

『マチネの終わりに』第六章(33)

 不景気な業界だけに、方々で色んな噂が飛び交っており、蒔野も半信半疑だったが、岡島は、ジ…

24

『マチネの終わりに』第六章(34)

【あらすじ】東京の蒔野とパリの洋子は、結婚後の二人の生活に思いをはせる。だが蒔野は自らの…

48

『マチネの終わりに』第六章(35)

「わたしは、蒔野さんの音楽を、そういう一過性の、わー、かっこいいみたいな消費の場に巻き込…

32

『マチネの終わりに』第六章(36)

 楽譜と、蒔野さん自身の演奏動画をオフィシャルサイトにアップして、参加者には、クラシック…

30

『マチネの終わりに』第六章(37)

 ジャリーラは、彼が初めて、洋子と一緒に心配し、手を差し伸べたいと願った掛け替えのない存…

28

『マチネの終わりに』第六章(38)

 ろくな演奏も出来ずに、ファンに囲まれて、かっこいいだのすごいだのと持て囃されている様を想像すると、いよいよ気が滅入った。  彼は三谷に、野田は今までのレコード会社にいなかった新しいタイプの社員で、一緒に仕事をしてみたいから、もう少し色んなことを話してみてほしいと、二人きりになった時に伝えた。  三谷は、久しぶりに、そんなふうに蒔野から頼られているということを実感できて嬉しくなった。彼が本調子でないという事実こそが、最大の懸念だったので、野田との交渉など、煩瑣な仕事を自分が引