ある男|10−1|平野啓一郎
里枝から相談を受けて以来、既に十ヶ月以上が経過していたが、城戸の〝X〟の身許調査は、完全に行き詰まっていた。美涼たちがやっているフェイスブックの偽アカウントの方も、あまり期待できそうになかった。彼自身が、長時間労働の過労死事件の訴訟など、このところ多忙で、気にはなっているものの、里枝の戸籍訂正の手続きが完了したところで、一段落ついて、先に進み倦ねていた。
そんな矢先に、ひょっとすると、という手懸かりらしきものに逢着したのは、事務所で交わした中北との雑談だった。
中北は、東