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共有する舞台、鴻上さんを訪ねて。

ガランとしたホールに、鴻上さんはいつも通りに立っていた。マスクで表情は見えないけど、ニコッとしていたように思う。

11月の終わりの千秋楽前日、僕はどうしても鴻上さんの芝居を見たくて日帰りで大阪にやってきた。

「稽古中、ひとりでもコロナが出たら中止」。

もちろん公演中も同じ。観客から一人でも出たらアウト。あまりにも厳しい状況だった。稽古はまるで修行僧のようだったと言う。

「何がなんでも行きます!」と僕はハワイから鴻上さんにDMした。そのうち東京公演がはじまった。
「おどろくほどチケットが売れません」と鴻上さんがどこかの雑誌で書いていた。千秋楽まで無事に公演が出来るとは思えず、毎日ヤキモキした。

よかった。来れた。

鴻上さんとお茶もご飯もできない。ましてや打ち上げなんてありえない。20代から芝居を観に来てるけど、こんなのは当然ながら初めてだ。密密であればあるほど演劇的なのだ。なんてことだ。

ひとつおきにしか座れない劇場のシートからステージを眺める。この芝居は、自粛警察を扱っている。つまり、コロナの芝居だ。

僕はなぜ大阪まで来たのかというと、それは「こんな贅沢な体験はない!」と思ったからだ。不謹慎かも知れないけど、構わない。

鴻上さんたちはものすごいリスクと批判を背負って、コロナの芝居を打っていた。そこに僕らはマスクをして、検温して、消毒して、会話もせず、ただ黙って芝居を観て、そして会釈だけをして劇場を去った。

この公演は第三舞台名義ではないけど、僕にとっては鴻上さんがやる芝居はすべて観客である僕らと何かを確認するための場所だ。

「まず第一舞台がありまして、それはスタッフとキャストが力を合わせた舞台のこと。第二舞台は観客席。第三舞台は、第一と第二の舞台が共有する幻の舞台。劇団の自己満足に終わらず、お客さんが付き合いで来ているだけでもない、最上の形で共有する舞台、ということで第三舞台と名付けました。(鴻上尚史/早稲田演劇新聞1981.VOL7)」

今回、劇場に足を運ばないなんて選択肢があるわけない。

緊急事態宣言下の大阪にわざわざみんなで集まって、芝居を観て、目を合わせ、会釈をし、そしてまたバラバラに散っていく。ただそれだけの数百人。

そんな機会を作ってくれて、どうもありがとうございました。すごく良かった。

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