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名前のヨミガナというパンドラの箱が開きかかっている

氏名のヨミガナが話題になっています。漢字氏名問題が解決し、パンドラの箱と言われていた氏名のヨミガナについての検討が始まっています。ヨミガナ問題は、漢字6万文字に対してヨミガナは50文字しかないのに非常に難しい問題として氏名問題に関わる人に語り継がれてきました。
なぜなら、氏名のヨミガナは、普段の生活で普通に使われるのに、戸籍にも住民票にも載っていない法的根拠のない本人による名のりに近いものだからです。

フリガナって言えよ!

皆さん、フリガナって一般にいいますよね。これは漢字の上に振ることが多いので「フリガナ」と一般に呼ばれています。名簿で漢字の横に書かれることもありますし、正確にはヨミガナといいます。また、ヨミガナには、「ヨミガナ」、「よみがな」「読みがな」「読み仮名」等のいろんな表現がありますが、「ヨミガナ」が多い気がします。これは外国人氏名も書く場合があるので、自然とそうなっているのではないでしょうか。
ちなみに、「ヨミガナ」は、漢字等の読めない文字につける表音であり、漢字等の読めない文字に行を追加して書いた表音を「フリガナ」といいます。法務省では「傍訓」という用語も使っています。また、江戸時代までは、「つけがな」と呼ばれることもありました。
ということで、「フリガナ」より「ヨミガナ」のほうがより汎用的な表現になります。

氏名のヨミガナって出生届で届けているけど

そのとおりです。出生届で届けていますね。しかし、その注記を見たことありますか?「よみがなは、戸籍には記載されません。住民票の処理上必要ですから書いてください。」と説明されています。よって、証明事項でないので、出生証明書に「ヨミガナ」の欄がありません。
以下の通達で「ヨミガナの登録はできるが名前ではない」と明記しています。

昭和56年9月14日付け法務省民事局第2課第5537号民事局長通達
出生、帰化、就籍、氏名変更等の届け出に際して、事件本人の名に傍訓(振り仮名)が付されている場合において、届出人から「その他」欄に戸籍にも傍訓を記載されたい旨を記載する等特にその趣旨の申出がされたときには、戸籍にもこれを記載しなければならない。ただし、傍訓が名に用いた文字の音訓又は字義に全く関連を有しないときは、これを付した届出は受理することができない。
2 (振り仮名は名前の一部ではないので、本人の名の欄以外では、振り仮名をつける必要はない、という規定。)
名の読み方を明らかにするために戸籍に記載するものであって、名の一部をなすものではない

さらに、戸籍電算化の際に、戸籍に記載されなくなりました。

平成6年11月16日法務省民事局第2課第7005号民事局長通達
戸籍法施行規則の一部を改正する省令の施行等に伴う関係通達等の整備について
第3 名の傍訓の取扱い
1 名の傍訓は、戸籍に記載しないものとする。

ただし、同日に出された以下の通達で戸籍システムでは、「仮名氏名」という形でヨミガナは登録される仕組みになっています。

平成6年11月16日法務省民事局第2課第7002号民事局長通達
戸籍事務を処理する電子情報処理組織が備えるべき技術的基準について
第5 戸籍情報システムによる事件処理
1 検索
検索項目として本籍、氏名、仮名氏名・・・

ということで、法務省の戸籍の中の整理では、システムでは持つが、法的にはヨミガナはないということになっています。

では、出生届の説明にある「住民票の処理上必要」ということですが、住民票ではどうなんでしょうか。

住民基本台帳法第7条において規定されている住民票の記載事項にヨミガナは含まれていません。つまりは、ヨミガナに法的根拠はないのです。

しかし、平成十九年十一月二十二日提出 質問第二六一号「住基ネットの本人確認情報に関する質問主意書」で、「かな氏名情報を収集・記録し、これを利用・提供する法的根拠は何か」との質問に対して、「氏名のうち、漢字に付されたふりがなについては、氏名の一部を成すものであり、住基ネットにおいても氏名の検索など住民情報の整理のために活用している。」とフリガナは氏名の一部であると内閣総理大臣名で答弁されています。法的根拠として氏名の一部ということは、住民基本台帳法第7条において規定されている住民票の記載事項に氏名はあるのですが、その一部ということになっているようです。

また、平成24年2月10日総行住第17号住民基本台帳事務処理要領の改正において、「氏名には,できるだけふりがなを付すことが適当である。その場合には,住民の確認を得る等の方法により,誤りのないように留意しなければならない。」と任意の項目であるけれどもあったほうが良いと記載しています。

昔は多くの自治体で住民票にヨミガナをつけていました。しかし、2012年(平成24年)7月9日「住民基本台帳法の一部を改正する法律」により、外国人住民も住民基本台帳法の適用の対象にしたときに、多くの自治体で住民票システムの改修が行われ、そこで多くの自治体でヨミガナの記載がなくなりました。

パスポートのローマ字名は何なんだろう?

ここで、パスポートはなんなのと思う人がいるかも知れません。そこが、パンドラの箱の中のミッシングリンクと呼ばれていたところです。戸籍には漢字名しかなくヨミガナがないのに、なぜパスポートがローマ字なのかという問題です。

パスポートは旅券法に規定されています。

旅券法施行規則(改正:平成二七年(2015年)一一月二七日外務省令第一八号)において、「氏名は、戸籍に記載されている氏名(戸籍に記載される前の者にあっては、法律上の氏及び親権者が命名した名)について国字の音訓及び慣用により表音されるところによる。ただし、申請者がその氏名について国字の音訓又は慣用によらない表音を申し出た場合にあっては、公の機関が発行した書類により当該表音が当該申請者により通常使用されているものであることが確認され、かつ、外務大臣又は領事官が特に必要であると認めるときはこの限りではない。」

戸籍に基づいて「国字の音訓及び慣用により表音されるところによる」となっています。

さらに、前出の平成十九年十一月二十二日提出 質問第二六一号「住基ネットの本人確認情報に関する質問主意書」への答弁書において「外務省は、各都道府県の旅券担当課長に対し、旅券の申請に際して、申請者の住民基本台帳上の氏名のふりがなと当該申請者が自己の氏名のふりがなとして旅券発給申請書に記載したものとが一致しない場合にあっては、本人確認事務の一環として、申請者に対してその旨指摘するよう文書(平成十五年四月三日付け外務省大臣官房領事移住部旅券課企画官発都道府県旅券事務主管課長あて事務連絡)で依頼しているところである。」ということで、住民票の処理のために登録された住民基本台帳のヨミガナと照合をしています。
(ローマ字のヘボン式と訓令式の話もありますが、ここではヨミガナの話なのでおいておきましょう。)

話がややこしいので整理してみよう。

法務省:ヨミガナに法的根拠はない。戸籍システムの検索キーに使用。
総務省:ヨミガナに法的根拠はない。できるだけ正確に登録し管理。
内閣総理大臣:ヨミガナは法的に氏名の一部である。パスポート発行で住民基本台帳の参照も行っている。
外務省:ヨミガナは本人の申し出であるが、戸籍の漢字と住民基本台帳のヨミガナで照合している。

ということです。

また、国で発行する証明では、運転免許証は漢字名のみですが、国際免許証を英字で発行可能であり、小型船舶操縦士免許証や無線従事者免許証では 漢字名に自己申告の英字名を併記しています。マイナンバーカードはヨミガナがありません。

なんでこんなに複雑なのでしょうか

もともと日本人の氏名は自由度が高かったことが原因ではないでしょうか。日本語自体の読みにゆらぎや遊びがあり、平安時代から名前の読みに通常の読みと違う表音を当てることが行われていたようです。
また、今のようにインターネットで漢字の正しい読みが確認できる以前から戸籍制度はありました。窓口で様々な読み方が正しいのか検証できないので、ヨミガナを正規の項目にしなかったという説があります。

要因は様々だったと思いますが、そのまま現在に至っています。現在は漢字と読みが一致しないキラキラネームが増えたこともあり複雑さが増しています。

普通に考えてヨミガナって必要でしょ!

ヨミガナがあるときのメリット
・窓口等で正しい氏名で呼んでもらえる
・キラキラネームも読める
・名簿のソートが正しくできる
・複数氏名による使い分けを防ぐことができる
・名寄せした時のカナ氏名不整合を容易に解決できる
・金融機関の口座や医療情報と確認しやすい
・ワンスオンリーサービスでフリガナを再入力することを防ぐことができる
・目の見えない方への読み上げソフトで名前を正確に伝えることができる

ヨミガナがない時のデメリット
・年金問題のように、正確な情報管理、名寄せができなくなる
・名簿等のソートが正確にできない
・避難所等、緊急時に名前を呼べない場合がある
・氏名を詐称する犯罪の温床になる

普通に考えても必要ですよね。法制化すべきかどうかはともかく、表記に一貫性があることが重要になります。東さんが、あるところではヒガシさん、違うときはアズマさんではわかりにくいですよね。

社会の中のヨミガナの状況はどうなんだろうか?

では、ニーズと言うか、どのくらい社会で使われているのでしょうか。

殆どの申請書類にはヨミガナ欄があります。また、名簿は50音順に並べるのが普通ですからヨミガナは必須のものになっています。
クレジットカードは英字ですし、銀行のカードもカタカナです。

もっと一般的にどうなのか調べるため、2016年に東京近郊で住宅の表札を調査してみました。普通に表札見ると怪しい人なので、犬の散歩しながら調査して100軒以上調べました。その結果が以下です。

表札調査


詳細は以下です
昔からの住宅街(n=87)
  漢字61 ローマ字13 併記13
10年前の住宅街(n=29)
  漢字9 ローマ字10 併記10
1年前の住宅街(n=30)
  漢字10 ローマ字7 併記12 未表示1
見栄えということもありますが、明らかに漢字だけの表札は減ってきています。

ではもう少し実務的なものとして名札を見てみましょう。地域性を除くために全国展開している店や交通機関、行政機関を2017年に調べています。お店の中を回りながら、あまり商品を見ずに店員の胸のあたりを見て歩き、特に名札の字が小さいと2周したりして去っていくので、ちょっと怪しい人です。

名札

結果は面白いものでした。名札はお客様から呼んでもらうことが多いので、すでに3割の名札で漢字は使われていません。
 全体(n=45)
  漢字のみ19 漢字なし14 併記13
   詳細
    漢字なし(内フリガナのみ13 フリガナ+ローマ字1)
    併記 (内ローマ字7 フリガナ5 両方2)

鉄道等の交通機関は圧倒的に漢字が多く、コンビニ、ファーストフード、薬局、百均は、ひらがなもしくはカタカナのヨミガナがほとんどです。コンビニは地域差があり、外国人店員の多い店はヨミガナがカタカナ、日本人客が多い店は漢字がメインと言った特徴もあるようです。
また、併記が少ないのは、名札のサイズの問題と考えられます。小さな名札では併記すると文字が小さくなり読めなくなってしまうためです。

さらに、診察券について調べてみました。

診察券

全体では、紙の診察券に手書きも残っているので、全体では漢字が多いです。一方で、プラスチックカードを使う病院などではフリガナしかないものが多いです。これは、健康保険証も同様かもしれません。
 全体(n=28)  漢字15 フリガナ5 併記8
 プラスチックカード(病院が中心) 漢字0  フリガナ4 併記3

ちなみに、これらの調査結果を個人的バイアスがかかっていると相手にしない人もいますが、反論するなら数字で反論してほしいものです。

世の中の声はどうなんだろう?

2018年2月28日に読売新聞が一面で「住民フリガナ、正確に登録…ネット手続き簡単に」という記事を掲載しました。その時のネット上の声は以下になります。

・なんか今更なことをさあ。 ほんま行政ってザル。
・ただでさえ普通には読めない名前が増えているご時世、住民票のフリガナ欄は必要だと思いますが、役所も正確なフリカナを把握しているとは限らない、というのは、問題が根深そうです。
・自分の戸籍を初めて見た時、フリガナの記載が無かったから違和感を感じた。何で今まで登録しなかったんだ!?
・今までは「職員が便宜的に入力」してたの?そして住基ネットにするときに適当に入力してたとか、人の名前を軽視しすぎじゃない?
・意味わからん。いままでどないしててん?
・改善されて行くのは良しとしても、基礎データがこのレベルの状況でAIなんたら先走ってるのは笑える。まず基礎から固めて欲しい。
・私の名字の読み方も、戸籍謄本上にフリガナが無かったが故に… つい先日まですったもんだしていただけに、登録はありがたいですね。。。
・自分の名前のふりがなは3パターンくらいあるので逆にややこしい 最近まで戸籍と住民票のふりがなが違ってたし
・運転免許証の氏名にもフリガナはないので、違ったフリガナで預金口座を作られていた例も見ています。

どうなっていくのか

社会はグローバル化して、ヨミガナやローマ字での氏名表記は間違いなく増えていきます。それも漢字との併記ではなく、ヨミガナかローマ字だけのケースも増えていくでしょう。

2020年3月には、新型コロナウイルス感染症の陽性者の働いていたコンビニが保健所に報告した名前の読み仮名と保健所で把握している読み仮名が違っていたため迅速に対応できなかったという問題も発生しています。

2020年9月25日に行われた「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(第3回)」で「読み仮名の法制化等の検討」が行われ2021年度中に一定の結論を得るとしています。

ヨミガナ問題の解決は、今後の社会に大きな影響をあたえます。社会環境とニーズを踏まえたヨミガナ検討が進められていくか、動向を注視していくことが重要になってくるのではないでしょうか。

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