ドレミの日記_20190320.zip

10:27。貴重な遅起きできる休みだーーと思って目覚ましをかけずに寝たらしっかり寝坊する。12:00に恵比寿。電車でおそらく30分。

洗濯したかったんだよな〜〜と悔しい気持ちを金平糖くらいの大きさにぎゅっと.zipに圧縮する。夜、忘れずに解凍しよう。


11:12。割と急がなきゃいけない。急がねば。はやくはやく!自分の所動の遅さに脳が慌てる。食べるのも動くのも、自分がイメージしているよりいつも遅い。

日当たりの悪い窓にかろうじて届く、お昼前のぬるい光。

久しぶりに会社員の人と会うからヒール履いとこうかな〜〜と迷うものの、駅まで小走りで行かないと間に合わないことに気づく。


立ち仕事になってから、靴箱にしまい込まれた7cmのヒールたちが最近しょんぼりしているように見える。もしかしたらそのうち4cmくらいに縮んでしまうかもしれない。



11:22。もう次の電車でいいかなあと諦めかけたところで、ホームに到着するとともに電車が滑り込んでくる。地下鉄のホーム、なんでこんなに風強いんだろうね。
ばさばさに吹き荒れた髪を、わしゃわしゃと手櫛で直した素ぶりだけした。

髪の間をすり抜ける風の生暖かさにくすぐったくなる。もう、しっかり季節が変わっているんだなあ、と春を確かめる。


車内を見渡すと、黒、グレー。ウール、ウール、コットン、ウール。まだ冬のコートを着ている人の方が多かった。



12:01。待ち合わせの時間が過ぎている。恵比寿、2年も通っていたのに出口が違うとまったくわからない。西から東へ移動するための横断歩道までの道に苦戦する。

いつものごとく、「道に迷いました」とスマホの文字をたたく。どれだけ早く着いても思い通りに目的地に行けた試しがない。



12:09。目的のチキンライスのお店に到着。大丈夫だった?とげらげら笑って迎えてもらう。優しいひとでよかった。

うちの会社のメロンパンを紹介するね、と、あだ名がメロンパンの男の子とランチする。
店員さんが、「大盛りにしますか?」と聞く。
ふつうで、と答える。ふつうって、なんなんだろう。
ごはんを盛る人と、わたしとの「ふつう」が一緒って、すごい。

メロンパンと呼ばれるFくんは、以前メッセージをくれたらしく、「メロンパンフェスがスッキリで紹介されてるのを見て、行かなきゃと思って次の回に行ったんです」と教えてくれた。

いちばんしんどかったときだ。もう、二度とこんなことやってはいけないと、わたしにはこんな大きなイベントを成功させるだけの器がないと。

だけど、出会ってなかっただけで、そんな風にきてくれたひとがいたんだと知って胸が熱くなる。前に言われた「伝えることなんて無意味」の言葉に、頭の中で思いっきり二重線を引いた。

ごはんを完食してもくもくと鶏肉だけを食べるFくんを見ていたら、Jさんが「あれ、大盛りってもしかしてそっちだったのかな?」と何かに気づく。

『大盛りにしますか?』の大盛りは、ごはんではなく鶏肉の方だったらしい。そんなことあるのか。大盛りっていったら米なのでは。

「そうなんですよ。きたとき、店員さん間違えちゃったのかと思ったんですけど、」とFくんが困った顔をする。

「ふつう」は通じ合っていたのに、「大盛り」が通じ合っていなかった。

言葉って、半分くらいは思い込みで使っているのかもしれない。



14:04。明大前に到着する。スタバで二人掛けの席を見つけて、Oさんに「スタバの2階にいますね〜〜!」と吹き出しを飛ばす。

14:42。「やーー、すいませんね、バスが遅れちゃって。ちょっと下でコーヒー買ってくるんで」と待ち人が現れる。相変わらず声が大きい。

4年前わたしをコンゴに連れて行ってくれた、ジャーナリストのOさん。最後に会ったのは1年以上だった気がするのに、席について早々メロンパンフェスとコンゴの話で盛り上がる。どうなったらいいんだろう、と次の言葉を探していくうちに眉が下がる。

わたし、やっぱりコンゴのことなんとかしたいと思っているんだな、とはっとする。みんな興味がないだろう、だから興味がない人にどう伝えたらいいんだろう、をずっと考えていた。

関心のない人の感覚を失わないように、SNSで絶対にコンゴのニュースはシェアしない、知ってもらうことを強制しない、同じ温度で接する、と決めていた。


だけど、自分の気持ちを自らが蔑ろにしているようで、ほんとうは苦しかったのかもしれない。アフリカに興味はなくても、スマホの問題が起きているコンゴのことは、ずっとなんとかしたいと思っている。ずっと。

ふと、Oさんが昔、女性に100本のバラをあげた話を思い出す。半世紀近く年が離れているのに、げらげらと軽口を叩きながらいろんな話をする。

いつまでも元気でいてほしい。ぜったいまだまだ元気だと思っても、今だけは自分が若いことが憎い。
人生いつでも最年長だったらいいのにな。

無駄な抵抗だと思いつつ、別れ際の握手に、いつもより少しだけ力を込めた。



16:43。表参道のお世話になっているパン屋さんへ行く。

食パンを購入した後ご挨拶のためにお声がけすると、ちゃっかりメロンパンをいただいてしまう。ひらいさんが紹介してくれたテレビの影響がまだすごくて、とおっしゃっていた。

本当に美味しいパンのお店が、良くも悪くも大きく変わってしまうのは怖い。わたしの役割って何なんだろうな、と、ちょっと複雑な気持ちになった。



17:34。電車の中で乗車時間まるまる寝ていたことに気づく。窓の外に「町屋」の文字が見える。慌ててふさがりそうな電車の口に飛び込むと、イヤフォンから流れる星野源の声がぎざぎざと揺れて遠ざかる。どんなに探しても、かばんからスマホは見当たらない。

わっ、と思ったが最後、電車は暗いトンネルに消えていった。
しょぼしょぼと頭をもたげながら改札の駅員さんに事情を説明する。18時まで待てば出てくるかも、と捜索してくれることになる。

駅のホームのベンチでPCを開くと、TwitterでOくんから「さっき表参道歩いてた?」とDMがきていた。その前の「よくねむれ〜〜!」の言葉に吹き出しそうになる。気づいたら元気になっていた。Oくんは、本当に天才だ。



18:01。北千住でそれらしきスマホの届出がありましたよと教えてもらう。やさしい。世のなか、基本的にやさしい。北千住のお忘れ物総合取扱所に向かう。「総合」の文字に、すぐにお忘れ物をしてしまう心についても扱ってほしいと思いながらドアをノックする。

落としもの、本当にすぐしてしまう。今月はもう落とさないぞ、と心に誓った。

駅員さんが落としてくれた電源を入れる。恋人からのラインがきていることをたしかめて、ちゃんと夜の予定覚えていそうだな、とほっとする。



18:21。地下鉄を降りて地上を出ると、耳に入り込む「ソ」の音で春の空気がひょわひょわと鳴る。今日会った人の声と「ソ」をかき混ぜた音をBGMに、先週Yさんと飲みながら盛り上がった会話をもう一度咀嚼し直す。

言葉について延々語っていた夜。「言葉にするってパンの耳を削ぎ落とすような行為だよね」と話すYさんの声が、頭の中で再生される。

それでも。それでも、言葉にできないところまで連れて行くのが言葉だ、とYさんが続ける。

本当にそうだと思った。言葉にしたらもったいない、と思うことも。言葉にしてしまったら本当になってしまう、と認めるのがこわくなることも。

それを超えられるのは、いつでも言葉だ。


帰ったら日記を書こう。きっと、エッセイとか、起承転結のある話とか、そういうのは苦手だけど。わたしはきっと、日記なら思っていることをじょうずに言葉にできる。

言葉にできないところまで行こう。言葉にしたくないことも、ちゃんと言葉にしよう。



19:30。一度戻ってきた自宅にて、連絡がなかった恋人から電話がかかってくる。
電話を切った後、目の前の姿見に映る自分の口元が緩んでいることに気づく。朝そのままにしていた少し跳ねている髪の毛を、アイロンで丁寧に落ち着かせる。


20:27。「日高屋の前にいる!」と手元のスマホにメッセージの通知が届く。半径10メートル先に恋人を見つける。

少しだけ小走りをした。瞳に触れる空気から、「ファ」の音。

蹴った地面から小さい花がぽんぽんと舞う。

目の前でぴたっと止まると、顔をあげた恋人が「元気?」と聞いた。

さっきから聞こえていた「ファ」の音だ。

春の音だった。

本当にすきだな、と思った。

パンの耳がついたままの言葉がどうしても見つからない。

「うん、元気」とだけ答える。

今朝の.zipで圧縮した金平糖を舌で転がす。
明日こそちゃんと洗濯しないとな。


恋人の横顔を眺めながら、忘れっぽくて頼りない自分と、曖昧な指切りげんまんをした。



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