歓喜は、精神論より入り方法論に宿る

 前回の「絶対に12世帯の本流をする自信があった」との記述に対して、「なんでそんな自信を持てたんですか」「私には無理です」との声があった。
 今回は、「結果を出すこと」について一緒に考えたい。
 この本は、読んだ人、ひとり一人が歓喜して広宣流布に取り組めるようになるようにと祈りを込めて書きはじめたものだ。学会活動がおもんなくなった人たちに話を聞いていくと、苦しさの原因は、次の3点に集約されることが分かった。
 ① 厳しく、結果を求められること
 ② 活動を、やりたいようにさせてもらえないこと
 ③ 会いたくない人に会わなければならないこと

 まず、①厳しく、結果を求められることから、考えていこう。
あなたの周りには、結果を厳しく求めてくる幹部はいるだろうか。結果を求めてくる幹部がいたら、聞いてみてほしい。「どうすれば、結果が出せますか」と。
 「結果が出るように祈ろう」。そう指導した後に、具体的な方法論を語ってくれるだろうか。「こういう戦いで、自分は結果を残してきた」と経験から方法を論じてくれるだろうか。
 祈りの次に大切なのは「具体的に何をはじめるか」だ。結果を出す方法も伝えず、精神論だけで煙に巻いて茶を濁し、強引に結果だけを求める幹部の指導は、聞くのが苦しい。もしも精神論だけ聞かされて、方法論を教えてもらえない立場にいるとしたら、あなたはまったく悪くない。
 だから、その幹部の言うことを真に受けて苦しむ必要も無い。またその幹部自身も、解決法が分からない難題を、精神論だけで語らなければならず(そしてその心中を誰にも打ち明けられず)、心苦しい思いをしているかもしれない。
 この種の苦しさが無駄だとは言わないが、いつまでも同じことで苦しみ続けるよりも、希望を持てる方法論に基づいて行動量を積み重ねる方が有意義だと私は考える。

 自由に活動が出来ないことも、③人間関係の悩みも、多くの場合、結果が出ない(出せない)ことに由来している。
 学会の幹部は、基本的に結果を出す人間に文句は言わないし、結果が出るのであれば自由にやらせた方が得だと考えるからだ。今回は、絶対に結果が出せる方法をお伝えしたい。
 創価学会において、「結果を出すこと」の最たるものは、御本尊流布だ。法戦の得票数など、いくらでも誤魔化せる。
 余談だが、私の知る中には、「一人で、Z3000やった」と豪語する支部長がいる。どう考えても物理的に不可能な数字ではあるが、現場では誰もそのことについてツッコミを入れない。学会員は、好い人たちなのだ。
 数字を求められることで学会活動が苦しくなるなら、ナンボでもサバ読んで報告すればいいと私は思う。「やらなきゃ」とアクセルを踏みながら、「やりたくない」とブレーキをかけていたら燃焼感は得られない。
 エンジンの空ぶかしで息苦しくなるだけだ。だったら選択肢は2つしかない。爽やかに罪悪感フリーでサバを読むか、爽やかに罪悪感フリーで正直に報告をするか(報告をしないのは、罪悪感フリーでも人を困らせるのでダメ)だ。

 ある県幹部によると、本部はすでに学会員の得票報告はさほど信用していないそうだ。信用しているのは、婦人部による連れ出し(これは確度が高い)で、あとの票は自民党との共闘による得票を頼りにしているという話を聞いた。
 この話に関しては、真偽は定かではない。信じる信じないは、あなた次第だが、罪悪感から自分を解放するのに役立つならとの思いでシェアした。
怠け心からサバを読むのは良くないが、法戦でサバを読むのは日常茶飯事だし学会本部もサバ読まれていることを計算に入れている。そんなものに神経を削られ、心を傷つけられる必要は無いというだけの話だ。
 学会にしてもサバを読まれないように組織経営をしていく方法はいくらでもあるはずだ。
 パッとしない成果でも、正確な数を知る方が価値的だと思うが、「本質を外した大勝利主義」がそれを許さない。パッとしない成果を報告してきた組織には、厳しく指導せざるをえない。
 幹部も厳しく指導をし(て嫌われ)たくないので、サバ読みを厳しく追及はしない。フタを開けてみれば、Z報告と実際の得票に大きな開きがあるので、会員の報告を信用しなくなる。ハッパをかけようとプロパガンダの広宣物を増やす。会員は深夜の作業が増え、得票に割く時間が減る。そして苦し紛れにサバを読む・・・・・・このような悪循環に陥る。
 会員が喜んでやるような活動をおろせばいいが、大勝利主義に縛られてアイデアが出ない。現場のアイデアも認めない。粉飾大勝利と自民党への得票依存が加速してゆく。
 池田先生のカリスマありきでやって来られたスタイルをかたくなに踏襲しようとする学会本部に変化を求めるのは酷だろう。ビジネス上の都合に足を取られ、強いリーダーシップをとれる人材はいない(としか考えられない)。
 我々の方で結果を出す方法を憶えて、草の根から大勝利主義の呪縛を解除していく方が価値的だ。

 もっとも大切な結果は本流だ。本流の数はサバ読みがきかない。
 苦手意識を持つ人も多いが、方法さえ理解すれば、もっとも簡単なのが、折伏だ。多くの幹部は「折伏しよう」「先生にお応えしよう」「一人立て」と精神論をのたまうが、どうすればそれができるか、方法論を語れる幹部は少ない
 小説 新・人間革命25巻 福光の章から池田先生の言葉を紹介しよう。
 「弘教に限らず、あらゆる活動を進めるうえで大事なのは、『なんのためか』を明らかにし、確認し合っていくことです。それによって皆が、軌道を外れることなく前進することができるし、力を発揮することができる。
 でも、全く弘教をしたことがない青年に、折伏の意義を教え、『頑張ってください』といえば実践できるかというと、そうではありません。それだけでは、多くの人が、『自分にはできない』と思うでしょう。
 したがって、実際に、どう語っていけばよいのかを、教えていかなければならない。
 そのために、先輩である壮年や婦人は、自分はこうして折伏してきたという、ありのままの体験を語っていくことです。
 また、青年と共に仏法対話し、実践のなかで、具体的にどうすればよいか、手本を示しながら教えていくことも必要です。つまり、青年たちが、『そうか。こうすればいいのか。これならば私にもできる。よし、やってみよう!』と思えるかどうかなんです。
 人は、『とても自分には無理だ』と思えば、行動をためらってしまう。しかし、『できそうだ』と思えば、行動することができる」
 リーダーは方法論と自分の体験で、メンバーに希望を宿せと言われている。
  
 日本にいる学会員1万人を老若男女無作為に抽出すると、折伏を猛烈にやるのは6人くらいだと思う。
 それに加えて、心に入る指導があればやる人が55人くらい、必要(大病や破産、リストラなど、人生の大きな分岐点)に迫られればやる人が、460人くらいではないだろうか。
 あとの9479人は、頑としてやらない人だと思う。これはまったく個人的な感覚値だが、かなり的を射ている気がする。
 日本の学会員は80万人だから、41680人が折伏をする学会員。猛烈にやるのは480人。各都道府県に平均10人強、折伏の猛将がいる。少し、楽観的観測ではあるが、そんな感じのように思う。
 これから紹介する方法論は、必ず本流が決まるメソッドだ。
何らかの理由で折伏に取り組もうと考える42160人(その中でも初心者)向けの内容だが、これを読んで折伏に取り組もうと思う人が増えると良いなと思う。折伏は楽しいからだ。一緒に楽しめる人が増えたら嬉しい。
 まず必要なのはマインドセット。マインドセットと言えば、精神論に感じるかもしれないが、これは方法論だ。
 ここでは、やる気を起こすまでが、精神論、やる気を持続させる活動を伝えるのが方法論の役割とする。マインドセットは、やる気を持続させる思考法だ。

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