自分に戻る時間 #紅茶のある風景
久しぶりに旅に出た。
といっても、日帰りの大したことのない小旅行だ。
朝は苦手でなかなか起きられない。
今朝はiPhoneにiPadにAndroidに、手持ちの端末を全部、鳴らしては止め鳴らしては止めを何度か繰り返してようやくの起床だ。
カーテンを少し開ければ、まだ外は薄暗い。
夜が明けきる前に起きるなんて滅多にない。
昨日も、帰るに帰れず仕事を終えて会社を出たのは終電も無くなった時間だった。
もう少し寝たい気もしたが、休みの日に朝早く起きている自分を窓に見つけると、真人間になったようで気分が上がり目も覚める。
今日向かうのは、高台にある小さな美術館。
大き過ぎず小さ過ぎず、人も少なく気持ちの良い風が通る庭と、テラスからの眺めが抜群のカフェがある美術館だ。
実は、美術館の展示よりもこの庭とカフェがお気に入り。
大きな企画展もない、駅からも遠い美術館のせいか、いつ行っても空いているところもお気に入り。
建物を設計した建築家は私の好きな建築家、そこもお気に入り。
好きなポイントを思い出しながら、文庫本をカバンに突っ込む。
そうだ、紅茶が美味しい。
これもお気に入りのポイントだ。
美術館までの道も好きだ。
緩やかに登る坂道、道端に咲く花。
名前も知らない花だが、それぞれの季節にそれぞれの香りがして、思い出すときはいつもその香りと一緒だ。
美術館は今日も貸切に近い。
常設展を流すように観て、早々にカフェに入る。
真っ青な晴天だといいと思ったが、外は薄っすらとカスミのかかったボンヤリとした晴れ。
どこかコローの絵画みたいだと思いながら、しばらくボゥっと景色を眺めていると、頼んでいた紅茶が届いた。
フワッと香るベルガモットの香りに、頭が冴える。
この香り、久しぶりだ。
初めて紅茶を飲んだ時を思い出す、驚くほど美味しい。
こんなに紅茶が美味しいと思ったのは、本当に久しぶりだ。
紅茶は好きだが、最近はインスタントコーヒーやペットボトルのお茶、栄養ドリンクばかりだった。
たまに家で煎れる紅茶も、パソコンの横に置かれたマグカップの中で、長いこと浸かったティーバッグにお湯を継ぎ足し飲むような体たらくだ。
久しぶりの紅茶の香りに、思い出す。
学生の頃はよくここに通った。
落ち込んだ時、行き詰まった時、迷った時、気分転換をしたい時。
アレやコレやと悩み考え、自分を“整える”大切な時間だった。
いつも、自分に戻るキッカケを作ってくれたのは、この柔らかな紅茶の香りだった。
そうか、だから今日ここに来たかったのかもしれない。
そういえば、紅茶が好きになったきっかけは、ここの紅茶だった。
帰りには紅茶を買って帰ろう。
ティーポットはシンク上の棚の奥にしまってあったはずだ、お気に入りのティーカップも一緒に。
その前に、もう一杯おかわりを。
今日はまだ長い、今度はダージリンにしよう。
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