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小説 これで働かなくてすむ サン・ハウスの「説教ブルース」④

「ずいぶん思い切ったな」

ここまで歌うとは、肚をくくったな。説教師になったから、働かなくてすむって、これじゃあ、まるで説教師が働いていないみたいじゃないか。悪いかって、いや、オレは愉快だがな。教会のやつらは怒り狂うぞ。わかっていると思うが、説教師には戻れなくなる。いいのか。そうか、そうだな、今じゃ、お前もいっぱしのブルース・マンだ。

「説教もブルースも同じだと思うんです」

というと?ああ、そうだな。噛み煙草をぐちゃぐちゃやりながら、リンチにかける口実を探している白人連中の視線を逃れて、働けど働けど楽にならざる暮らしの憂さを晴らすには、ジューク・ジョイントでブルースに身を任せるか、教会で神さまに心を委ねるかのどちらかしかない。それなのに、ブルースは悪魔の音楽と言われ、ブルース・マンは浮世暮らしのやくざもの扱いだ。それなら、説教師だって同じじゃないか。なあ、元説教師。

「はい。でも、説教もブルースも必要だと思うんです」

そうだな。オレたちは土曜日にジューク・ジョイントで飲んだくれ、女のケツを追いまわし、囚人のようにバカ騒ぎをする。明けて日曜日には一張羅を着込んで教会に行き、アーメンをくり返して、神の慈悲にすがる。これだけやってはじめて、やりきれない毎日との帳尻が合うんだ。

「ちょっと待って」

めったに口を開かないウィルソン夫人(尊敬と揶揄を込めてファースト・ネームではなく、こう呼ばれていた)が口をはさんだ。

「わたしたち女はどうなるの?」

まともな女がジューク・ジョイントに行けば、売春婦あつかい。明け方帰ってきた夫に小言を言えば殴られる。男が飲みつくしているのは、男だけで稼いだ金じゃないだろうに。あんたらの追いかけるもんは後ろについてるから、こっそり近づけるけど、あんたらは大事なもんを前にぶらさげてるから、女は正面から近づいて、弱みを握られちまうのさ。いつもは大人しい夫人の猥雑なジョークに、その場にいたものたちは顔を隠して笑った。

「夫人、あなたのための歌もつくりましたよ」

ハウスはもう一曲、つくったばかりのブルース「マイ・ブラック・ママ」の一節を口ずさむと、ウィルソンの話を引き継いだ。説教とブルースはやり方は違うけど、目指すところはいっしょだ。もし、この二つが、神さまと悪魔が、手を取りあったら、すごい力が生まれるような気がするんです。そうしたら、オレたちの生活も少しはましになるかもしれない。だから

「オレはブルースを説教していこうと思うんです」

ブルースを説教!?その場にいたものが声をそろえて、ハウスの言葉をくり返した。何てとんでもないことを考えるんだろう。ルシファーもまた天使だったことは確かだが、しかし・・・捨て猫を拾って育ててみたら、虎になってしまった・・・そんな震える気持ちで、ウィルソンは「息子」という名の痩せた男を見ていた。

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