小説 これで働かなくてすむ サン・ハウスの「説教ブルース」③
「だいぶ練習したんで、聞いてもらえませんか」
おう、説教師か。どうだ、ボトルネックがステップを踏むようになったか。そうだ、今にもひっくり返りそうなチャールストンだ。それでいい。千鳥足の酔っ払いがやってきて、肚のなかのもん、全部出しちまう。お前にピッタリじゃないか、よう、酒乱の偽牧師さんよ。お客は自分のうえに倒れるんじゃないか、ぶちまけるんじゃないかってハラハラするだろ。それがいいんだ。それでいて、その声。これだけは偽物じゃない。立派な説教師だ。神の子の到来を告げる洗礼者ヨハネの声だ。女のせいで首を刎ねられるところもはまり役だ。上出来、上出来。
「ありがとうございます、ウィルソンさん」
ところどころ、褒めてるのかどうか、わからない喩えがあったものの、ウィルソンが弟子の演奏を気に入っていることは確かだった。こいつはブルースを持っている。ギターを教えてくれというやつは何人もいたが、ブルースを教えてくれと言ったのは、こいつがはじめてだ。まあ、このへんにいるやつはみんなブルースを持っているからな。こいつはブルースを分けてくれとオレのところにきた。自分でたんまりもっているのにな。ちょっと変わったブルースだが、ブルースには違いねえ。ちょっと教えてやったら、ギターもやつのブルースに応えるようになった。
「よし、そろそろだな。ついてこい」
どこへって、決まってるじゃないか。オレは今日、ストリートで演奏するって言ったよな。お前も来るんだ。おいおい、ギター置き去りにしてどうする。俺の横につっ立って何をするつもりだ。昔取った杵柄で説教でもするのか。そうだよ、ギターを持ってこい。お前も演奏するんだ。なに?まだ完璧じゃないし?一曲しか弾けないし?そんなことはオレがいちばんよくわかってる。とにかく来い・・・あのな、まだぐじぐじいってんのか。何十年も修行して、完璧になってから戦場に出るつもりか。気の長い話だな。
最後の言葉に心を動かされたのか、慎重なサン・ハウスも重い腰をあげた。たった一曲のレパートリーを、道往く人びとに披露するために。たった一曲だが、そこには彼のすべてが込められていた。失踪した父に対する怒り、説教に込めた思い、酒や女に依存してしまう自分を恥じる気持ち、自分を放りだした教会に対する失望。反応の多くは冷ややかだったが、足を止めて聞き入るものもあった。しかし、ぼそぼそと言い訳じみた言葉を挟んで、同じ歌を歌い始めると、例外なく、その場を立ち去った。次の機会までに演目を増やさなければと思いながら、高揚した気持ちで、ハウスは、ウィルソンが差し出したウイスキーを飲みほした。
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