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しまじろうと生物多様性

私は『しまじろうのわお!』というテレビ番組の企画演出をやっています。2022年度から「生物多様性のコーナー」をシリーズとして作っています。

私は子供の頃から生き物が好きで、枕元に昆虫の飼育ケースを置いて寝ていました。飼育ケースのフタをちゃんと閉めず、カマキリが部屋の中に脱走して、天井近くに卵を産み付けられたりもしました。いま思えば驚くべき事なんですが、そのカマキリの卵は親に片付けられてしまうこともなく、春までずっとそこにありました。親からしたら、「この子の生き物好きの邪魔をしたら絶望してしまうに違いない。」と思ったんでしょうね。

子供の頃の生き物がらみのエピソードはたくさんあり過ぎるので、また別のnoteで書きたいと思いますが、本当に幼稚園時代から小学生時代までドブ川の泥にまみれてザリガニやカエルや水生昆虫を捕まえていたからなのか、家族で私だけが花粉症ではありません。親も兄弟も割と酷い花粉症なのにです。

そんな生き物好きの私が、正式に公私混同できる仕事に出会ってしまったのです。私が1996年に武蔵野美術大学を卒業する時の卒業制作は、生物多様性条約のポスターでした。国が初めて生物多様性国家戦略を打ち出した事に共感して、そのポスターを作ったんだと思います。そんな私が生物多様性を子供たちに伝えられる仕事に出会ってしまったのです。

『しまじろうのわお!』はベネッセコーポレーションの方々と一緒に作っている番組なんですが、今年2023年で12年続いている番組です。私はゼロから番組を立ち上げるところから参加しています。最初は総合演出としてやっていましたが、私が言うことを聞かないので一兵卒に降格させられましたがw。そんな事もありながら、私たち制作スタッフとベネッセの方々とは喧々諤々とやりながらも、私たちが下請けとして一方的に言われたものを作る作り方ではありません。かなり私たちのやりたい意向を尊重してもらっています。

たぶん私が事あるごとに「生物多様性のコーナーやりたいですね」と言っていたのを知ってGOを出してくれたんだと思います。SDGsという世の中の流れも味方をしてくれました。

生物多様性をシリーズ化するに当たっては、全面的に私に年間構成をおまかせ頂いたので、ラインナップは私の趣味が色濃く反映されています。しかし、生物多様性を子供たちに伝えるのは簡単ではありません。だって大人にだって伝えるのが難しいんですから。ましてや『しまじろうのわお!』のターゲットは未就学児です。メインターゲットが5歳なんです。

でも私たちは12年も子供番組を作って来たので、子供番組と子供だましの番組の違いぐらいは明確に分かっています。どうしても子供番組を作ろうとすると、子供を子供扱いした子供だましの番組を作る方向に行きがちですが、私たちの番組には毎週の定例会に沢井佳子先生という、発達心理学や幼児教育コンテンツ監修のプロフェッショナルの先生が参加してるんです。そこで沢井先生にこれが5歳児に理解出来るかチェックしてもらったり、時には沢井先生にもっと難しくしてもいいと言われたりもしています。だから、思いっきり専門的な内容で作ることが出来るんです。

さらに、『しまじろうのわお!』は親子で視聴されているというデータが出ているので、私は生物多様性に関して、まずこの番組を見ている親御さんに知ってもらう作戦を取りました。見ているお子さんが「これどういうこと?」と親御さんに質問することで、親御さんがそれについて調べることになります。そうやって親子で生物多様性について理解を深めて行けるコーナーにしたいと思いました。

第一回目・メダカの飼育

第一回目には子供たちに身近な生物の飼育から入ることにしましたが、実は生物の飼育こそ生物多様性に関するいろいろな問題が含まれているんです。子供たちが身近に接していて幼稚園などで飼っているアメリカザリガニやミシシッピアカミミガメやヒメダカは、それぞれ生物多様性に関して重大な問題を抱えている生き物です。

アメリカザリガニとミシシッピアカミミガメが2023年に条件付特定外来生物に指定されるという方針が出ていたので、まずは番組内で扱う生き物はメダカにしました。

そして「メダカを飼ってみよう」と言うなら「絶対に川に逃してはいけないよ」をセットで言わなければなりません。飼っている生き物を野生に逃してはいけないという情報は、大人にも子供にも驚きのあるニュースだと思いましたし、まだまだ「メダカや金魚は川に逃してあげた方が生き物のため」という考えも根強くあると思いましたので、その誤解と解くことも大事だろうと思いました。

私が生物多様性に関して強い思い入れがあると言っても、私は美術大学を出て広告や番組や映画を作って来たメディア側の人間です。だから私の思い込みだけで番組を作るのが一番危険なんです。例えば私が外来生物容認派だったとしたら、それを子供たちに伝えてしまいかねないからです。だからこういうコーナーの時は必ず専門家の方に監修をしてもらいます。

メダカの回では近畿大学の北川忠生先生に監修して頂きました。メダカの遺伝子汚染に関して第一線の専門家です。北川先生にはナレーションで誤解を生みそうな場所など含めて、全体について細かく見て頂きました。

番組を通じて第一線の専門家の方の話が聞けるというのも、私にとってこれほど刺激的な体験もありませんし、完全に公私混同していると自覚しております。

メダカの回は生物多様性コーナーの導入回ですが、いきなり難しい遺伝子の話になっています。でも『しまじろうのわお!』の視聴形態として確実に分かっているのが、「繰り返し視聴」なんです。3〜5歳ぐらいのお子さんをお持ちの方なら分かると思いますが、子供って同じ番組を何度も何度も見るんですよね。もう本当に20回も30回も100回も同じ番組を見ます。

ということは、一度見て分からなくても、20回も30回も100回も見ていたら「遺伝子」という言葉を覚えてしまう可能性があります。そしてそのインプットが10年後や20年後に役に立つかも知れないのです。私たちの番組は即効性だけではなく、子供たちの未来にも役に立つ番組にしたいと思って作っています。夢はこの番組を見て自然科学に目覚め、将来ノーベル賞を受賞するような研究者が出てくれることです。大きな事言ってスミマセン!

メダカの回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

第二回目・外来生物

第二回目は外来生物をテーマにしました。第一回目で扱わなかったミシシッピアカミミガメとアメリカザリガニについてはここで扱うことにしました。この二種類の生き物が2023年に条件付特定外来生物に指定されるので、触れておきたかったテーマでもあります。

ミシシッピアカミミガメとアメリカザリガニが今まで特定外来生物に指定されてなかった事が不思議なんですが、特定外来生物に指定してしまうと、飼育している人が一斉に野外に放つ可能性があり、そっちの悪影響の方が大きいからなんだそうです。

通常、特定外来生物に指定されると、外来生物法で生きたままの移動や飼育も厳しく制限されます。基本的には禁止されるんです。違反すると個人だと3年以下の懲役または300万円以下の罰金です。凄まじいですね。

ちなみに息子が小学校低学年の時、カワムツやフナと一緒に小さなブラックバスを生きたまま持って帰ってしまった事がありました。私が「ブラックバスを生きたまま持って変えると罰金300万円だぞ。あるいは父ちゃんが刑務所に入るかも。」と言ったら震え上がっていました。息子が「じゃあ食べる」と言うので、塩焼きにしてやりました。

ミシシッピアカミミガメとアメリカザリガニは、2023年に条件付特定外来生物になりますが、「条件付」なので、いま飼っているものはそのまま飼い続けても大丈夫です。

うちには息子がガサガサで獲ってきたミシシッピアカミミガメも2匹いるんですけどね。獲ってきた6年前は3cmぐらいだったんですが、もう立派に20cmを超えてます。90cmのトロ箱を庭に置いて飼っていて、冬は落ち葉を入れて冬眠させています。息子の責任で飼っていて、息子はカメが死ぬまで飼うと言ってます。あと30年ぐらいですかね。

外来生物の回は国立環境研究所の五箇公一先生に監修して頂きました。五箇先生との打ち合わせも本当に刺激的なお話ばかりでした。完全に公私混同ですね。私がお話を聞きたい先生方に監修をお願いしてますから。

外来生物の回の映像は2回に分かれてまして、こちらから全編見ることが出来ます。

第三回目・絶滅危惧種

第三回目は絶滅危惧種をテーマにしました。外来生物とか絶滅危惧種は、子供たちは大好きですからね。まだやってませんが新種という言葉も好きですね子供たちは。

絶滅危惧種の回のポイントは、子供たちが好きな動物のほとんどが絶滅危惧種というところでしょうか。特に動物園にいるような有名な哺乳類のほとんどは絶滅危惧種か準絶滅危惧種ですから。

そして、動物園は動物を展示するだけの場所ではなくて、絶滅危惧種を保全し増やす機能を持っている事(生息域外保全)も伝えたいと思いました。これは私の勝手な希望なんですが、動物園や水族館で働きたいと思う子供が増えてくれたらいいなと思ってるんです。

結局、生物多様性を保全しようと声を大にして言っているのは、まだまだ根っからの生き物好きの人が多いからです。だからそういう人たちを増やすことも生物多様性の保全を促進する大きなチカラにもなると思うからです。

今回、少し気になったのはしまじろうが哺乳類の問題に触れるところでした。しまじろうはトラですしトラもまた絶滅危惧種ですから。オンエアしたら必ずTwitterをザワつかせてしまうだろうと思いましたが、思ったほどザワザワしてませんでしたw

絶滅危惧種の回は、生息域外保全の部分の監修が絶対に必要だったので、ダイレクトに環境省さんに監修をお願いしました。

絶滅危惧種の回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

第四回目・オオサンショウウオ

第四回目はオオサンショウウオについて扱いました。生物多様性を語る時、どうしても大きな概念の話になってしまうんですが、概念の話って大人でも頭に入って来づらいんですよね。「生物多様性とは、種の多様性、遺伝子の多様性、生態系の多様性である。」と言っても「え?いま何て言った?」と言われてしまいます。だから、個別の生物について具体的に語ると理解しやすくなります。

オオサンショウウオの回の監修は京都大学の西川完途先生にお願いしました。西川先生との打ち合わせもすごく面白かったです。最新の話を聞くことで当初想定してた構成が変わった場所もありました。理想論ではなく、リアルに落とし所を探して実現していかなければならないのが、本当の生物多様性保全なんだなとも思いました。

オオサンショウウオの回では日本ハンザキ研究所に行って撮影もさせて頂きました。野生のオオサンショウウオが川にいたのはビックリしました。

オオサンショウウオの回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

第五回目・アマミノクロウサギ

第五回目はアマミノクロウサギについて扱いました。奄美大島では人間が導入したマングースによってアマミノクロウサギの数が減ってしまいました。そしてマングースを捕まえ続けることで、遂にそのマングースの数がゼロになろうとしています。アマミノクロウサギの保護の様子と、マングースの導入から根絶への経緯を知って欲しいと思いました。奄美大島には環境省の奄美野生生物保護センターがあるので所長の阿部愼太郎さんに監修をお願いしました。

アマミノクロウサギの回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

第六回目・固有種

第六回目は固有種について扱いました。固有種はだいぶマニアな領域だと思いますが、思い切ってやってみました。まだまだ固有種は子供たちにも大人にも聞き慣れない言葉だと思いますが、「絶滅危惧種」や「新種」や「危険生物」みたいにメジャーになる可能性を秘めていると思ったからです。固有種という言葉を教えることで、「それ固有種だよ」と言いたい子供が現れると思ったんです。

具体的には奄美大島の固有種を登場させました。日本の固有種と言えば奄美大島と言えるぐらいに、多種多様な固有種がいますから。奄美大島の写真家でありエコツアーガイドである常田守さんに出演して頂き、奄美大島の動物や植物の映像もお借りしました。常田さんからは、撮影の合間や撮影後にメチャクチャ刺激的な話をたくさん聞きました。

私はいろいろな場所に行っていろいろな人から話を聞くことが多いんですが、命がけで自然保護に取り組んでいる方は、開発をしたい人たちとの壮絶な戦いをしている人が多い気がします。

固有種の回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

第七回目・寿司

第七回目は寿司について扱いました。今まで生物多様性の少し取っつきにくい概念の話が多かったんですが、それを踏まえた上での身近な寿司の話を作りました。本来なら導入として寿司の話をした方が分かりやすい気がしますが、寿司というのは身近過ぎて、生物多様性について考える前に美味しい料理として見られてしまうので七回目でやっと扱いました。

この回ではとにかくたくさんの魚介類を見せることで、その量で多様性を感じさせる構成にしています。その流れの中で「生態系」という言葉も登場させました。生物多様性コーナーの核心は、生態系という概念を子供たちに知って欲しいということでもあります。そういう理由もありコーナーの頭には「生物!生き物!多様性!いろいろ!みんな繋がってる!生物多様性のわお!」という歌を付けています。「みんな繋がっている」がとても大事なことですので。コーナーの後半では、森を守ることで海を守る事も伝えました。イオン環境財団さんにご協力頂いて、海のために木を植えている南島原イオンの里山で撮影しました。

寿司の回の映像はこちらから全編見ることが出来ます。

アユモドキのうた

『しまじろうのわお!』では年に何本か歌を作っています。私は2022年の生物多様性コーナーの流れに乗じて、アユモドキのうたの制作を提案しました。これもオオサンショウウオと同じで、個別の生き物を知ることで、生物多様性に興味を持ってもらう作戦です。

特にアユモドキは岡山と京都にしかおらず、ベネッセコーポレーションの本社が岡山にありますから、アユモドキのうたを作りたいという提案を受け入れてもらいやすいと思ったからです。

アユモドキのうたは、幼稚園の先生がオルガンでひきやすいメロディにしてもらい、未就学児の子供たちが歌えるキーの範囲で作りました。

アユモドキのうたはアニメーションで作っているんですが、監修はメダカの回と同じ近畿大学の北川忠生先生にお願いしました。アユモドキの形や歌詞も含めて、北川先生から本当に細部まで監修をして頂きました。本当に何度もやり取りをして調整しているので、自信を持ってお見せ出来るアニメーションになっています。

イラストに描くヤゴが、アユモドキの生息場所にいるかいないかなどまで考えて頂いていて本当に驚きました。

アユモドキのうたは割と反響があり、いろいろなところから好意的なご意見を頂いたり、Twitterで反応してもらったりしています。イタセンパラの専門家の方から、イタセンパラのうたを作って欲しいと直々にメールも頂きました。私たちはそういう熱意で動きますので、イタセンパラに関しても何か出来たらと思っています。

アユモドキのうたはこちらからフルで聞くことが出来ます。

生物多様性コーナーの今後

生物多様性のコーナーはまだ終わっていません。いま(2023年6月)も何本かの企画や撮影が動いています。それでも生物多様性問題の極一部しか扱えていません。本当に極一部ですね。

だから、まずは分かりやすいテーマを点で伝えていって、それを数多くやることで線にして面にして行きたいと思っています。とは言え、これは私がお金を出して作っている番組ではありませんので、このコーナーに賛同して頂ける方々がいましたら、ベネッセさんに直接でもいいですし、番組の公式Twitterでもいいですし、何らかのリアクションを頂けると、私が「反応があるからもっと続けましょうよ!」と言いやすくなりますので、よろしくお願いいたします。

それにしても、生物多様性という少々理解しづらい内容を、しまじろうというキャラクターに乗せて発信出来る事は奇跡と言っても過言ではありません。しまじろうの未就学児への突破力は半端ないですから。

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