その地では有名な巨木があるとか
その女を見たら、決してついて行ってはいけない――
聞き覚えあったはずだ。
書斎からふらりと街に出た。
小道の脇を往く小さな用水路は水清らかで、清冽なる流れの中に鮮やかな藻がたなびくのが面白く、僕はしばらく、小橋の上からそれを見やっていた。
柳の下に佇む、和装の人影に気づいた。
「何をみておいでです」
女の声は低く艶を含む。
「ああ……水面を」
「お前さん、」女は一歩も動いていない、しかし声は少しだけ近づいた。
「吉野さんちに居候なさる、作家さんでは」
「はあ」観光地とは言え、街はせまい。「まあ、そんなもんです」
「書けなくて、散歩を」
図星だ。つばを飲む僕に、女はふふ、と声に出してから、言った。
「ついてきたら、面白いものを見せましょう」
黒地の紬に、黄金色の葉が舞う、帯も渋い金茶の観世水。葉の文様は銀杏だった。
随分と山に分け入っていたらしい。
ひと心地ついてから、あれがこの地の忌女と知った。
面白いものとは、いまだに何だったのか分からない。
(410文字)
すっかり遅くなりましたが、たらはかに(田原にか)さんの毎週ショートショートnoteの9/1のお題「誘惑銀杏」に、案外ストレートに挑みました。
よろしくお願いします。
たらはかにさんの9/1お題募集はこちら。(締切過ぎてますね……)
自作の同企画の短編集はこちら。
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