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お坊さんを囲む会 「わたしを語る」


2021年2月12日。旧暦正月。新月。
この日、私は、<わたし>を語りました。

他力本願寺の企画「お坊さんを囲む会」のゲストとして、
僧侶である以前のひとりの人間「日野 唯香」をそのままお伝えしました。

企画の趣旨としては、仏教、僧侶を身近に感じてほしいというところでしたが、わたし自身が人前で自分自身のことをありのままに語るというところも裏のテーマでした。

今まで自信がなくて、人前に出ることも怖かった私が、
自分の人生をさらけ出して語れるようになるには、さまざまな道のりがありました。
語った内容を項目として残します。

・お寺に生まれたことが仏教との出遇い
・小学校4年生の時の「わたしって何?」という星空体験
・「心って何か」「なぜ人は悩むのだろう」というところから心理学、カウンセリングを学ぶ。 
・からだの声を聞く心理療法「フォーカシング」との出会い 
・仏教とカウンセリングとの交差
・カウンセラーとしての修行期間 
・心身の不調からの「気」との出会い
 ・仏教、浄土真宗への導き
・これからやっていきたいこと
 

改めて、過去を思い出して、振り返りをして、それをそのまま語ったとき、
また新しい安心感とそして大きな喜びに出会えました。

人間の記憶は、不思議なもので、その状況を捉えるときに、良い悪いの価値判断をして、そこから書き換えができなくなることがあります。
トラウマやネガティブなものがあるところに留まってしまい、視野が狭くなり、流れが滞るような、そんな世界の見え方になってしまいます。
そうすると、生きるということが前に進まなくなる。
進めていても、とある状況に遭遇したときに、またひっかかりが出てきてしまいます。

わたしは、それが、仏教によって、まるっきりひっくり返りました。
すべては縁の中のことであるということが腑に落ちて感じられるようになりました。
もちろん、日常の中で、そう思えないこともたくさんあります。
でも、それをまた思い出していくというところもとても豊かなことだと思っています。

今回、わたしを語ってみた後、一呼吸置いて思ったこと。

たましいの使命と、からだでの表現がどんどん一致してきたなーということ。
つながっていくと、不思議なことに、わたしがわたしになっている。
目の前に、どんどんやさしい世界が広がっていく。
すべきことも、あるべき姿なんてものもなくて、わたしとしてあるだけだと。

それでも、やっぱりまだまだ力が入ってるわたしもいました。
どうやらこの会が決まったときから、なにやらプレッシャーを感じていたみたいです。
今回終わってみて、背負っていたものが取れたような感覚に気づきました。
後でやってくるんですよね。
もっとらく〜にお届けできたらいいなー!

そんなことを今思っています。

さて、これからのこと、またむくむくとアイデアが浮かんできました。

京都からだ研究室も始動して、わたしの新しい挑戦もはじまっていきそうです。

https://peraichi.com/landing_pages/view/kyotokaradalab

仏教✖️心理学✖️からだ という3つの軸を持ちながら、わたしの歩みを進めていこうと思います。

こんな風にやっていけるようになったのも、受け取ってくださる方との交流が大きいですね。

わたしが循環していくことで、周りも循環していきます。
わたしが調っていくことで、周りも調っていきます。

ゆっくりと呼吸を。

合掌
南無阿弥陀仏



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