見出し画像

会社を倒産させた話

私は、日本語が下手だ。
滔々と淀みなく話ができる人をみると、すごいな!と感嘆する。
私は、自分に自信がない。
だから、相手が基本的に自分の話に興味ないだろうと思っている。
興味をもってくれている人からしたら、失礼な話だ。
疑ってるわけではないんですけど。いや疑ってるか。すみません。

それでついつい、相手が興味を持ちそうな面白い話だけしようとしてしまう。
面白そうな話が思いつかないと、黙りがちになる。
自覚してます。改善には少々お時間ください。

こういう人は、営業活動に向いていない。
ましてや、飛び込み営業なんて、もってのほかだ。

それなのに、大学を卒業して最初にした仕事は、飛び込み営業だった。

姉が女性服のメーカーを始めるというので、私も加わることになった。
高校生くらいの若い女の子たちが着る、キャミソールやワンピース、スカートなどを作って、小売店に卸す仕事だった。
それで、小売店をまわって、取引先の開拓をした。
営業のときは、自社の製品を実際に着てみせてプレゼンした。(冗談です)

洋服の小売店には、2種類ある。
ひとつは、メーカーの直営店である。この場合、他のメーカーは参入できない。
もうひとつは、小売専門店である。この場合、いろいろなメーカーから仕入れているので、参入する余地がある。
小売専門店は、常に売れるメーカーを探しているので、営業活動は比較的容易である。

それでも、飛び込み営業である。そんなに容易ではない。
断られることが続くと、心が折れそうになった。
業界の専門知識も乏しく、経験が足りなかったから、会話のなかで素人なのがバレて、よく恥をかいた。

知らないことは、知ったかぶりして隠そうとせず、素直に知らないといったほうが良い。
恥をかくのは、良いことだ。何を知らないのかが理解できて、勉強になる。

...なんていうのは、机上の空論だ。

あれもこれも知らないといっていると、相手の目の色がだんだん濁ってくる。
あ、こいつバカだな、こんなのと話すのは時間の無駄だな、と思っているような気配が、ひしひしと伝わる。
はい、そのとおりです。ご迷惑をおかけしてすみません。

いちいち知らないといって教えを乞わずに、知ってるふりしてやりすごすのも必要なときがある。
そして、ただでさえ下手な会話が、ますます下手になる。
あああ、どうすればよいのか。
そうですね。とにかく勉強をしたほうがいいですね。
知らないのが恥ずかしいことなのではない。勉強しないのが恥ずかしいことなのだ。

そんな口下手な私でも、いくつか取引先を確保できた。
次に必要なのは、仕入れ先の確保だった。

通常、洋服の世界は、今年の春の流行、という感じで、季節単位で流行が変わる。
けれども、当時のコギャルたちの流行は、ものすごく変化が速かった。
月単位や、週単位でトレンドが変わった。
だから、製造を月単位で回していては間に合わなかった。
週単位、できれば日単位で、小ロット(少ない数量)の生産をする必要があった。
そんなに早い、小ロット生産に対応できるのは、当時は韓国しかなかった。

そして、韓国最大の服飾卸売市場、東大門市場に行くことになった。

今度は、口下手なことは問題にならなかった。
そもそも、韓国語ができなかったためだ。あはは。
なんという無謀なことをしていたのだろうか。

そのころはまだ、仁川空港はなかった。
金浦空港から地下鉄でソウルに出た。
地下鉄の座席に座って、路線図を見ていると、隣のおばさんが心配してどこに行くのかを尋ねてくれた。
すると、周囲のおばさんたちが集まって何か相談を始めた。
こんな景色は、日本では見たことがない。
日本では、「人を見たら泥棒と思え」といわれて育った。
おばさんたちが何を話しているのかはわからなかったが、乗り換えの駅の名前だけは聞き取れた。
唯一知っている「감사합니다(ありがとうございます)」のあいさつだけ返して、地下鉄を降りた。
なんとなく、こんな感じなら、なんとかなるんじゃないか、という気がした。
いやいや、なんとかなりませんから。

東大門市場では、観光客がよく行くような、有名で大きな建物が並んでいる。
けれども、日本人バイヤーが行くのはそこではない。
日本人アパレル関係者が当時行っていたのは、奥まったところにある、比較的小さな建物だった。
その名も「デザイナークラブ」。

デザイナークラブの開店時間は何時か。
9時だ。
朝の9時ではない。夜の9時だ。
そして、朝の5時まで営業している。
夜の9時から、朝の5時までの、クラブ。
それって、ディスコクラブかなにかですか?

いま思い出してみても、謎の営業時間だ。
そしてその謎のクラブに、夜な夜な、日本人業界関係者(笑)が出没する、という。

デザイナークラブは、地下から地上まで数階あり、各階は小さなブースに区切られてお店がひしめいている。
お店ごとに違うのかもしれないが、基本的にカード払いはできない。
現金あるのみ。
事前に、両替屋に行った。
いまの韓国では、5万ウォン札があるが、以前は1万ウォン札(千円相当)しかなかった。
300万円を両替すると、3000万ウォン、1万ウォン札100枚の札束が30束になる。
大きめの鞄が札束でパンパンになった。
それを持って、人目を忍ぶように、夜の建物に向かう。
洋服のバイヤーというより、麻薬のバイヤーにでもなったかのような気分だった。

いまは、5万ウォン札どころか、現金を使わなくなった。
あの札束を持った高揚感は、もう二度と味わえないんだろうな。
ちょっと、さびしい気もする。

韓国では、日本語のできる人が多い。
日本と関係ない場所でさえ、日本語の勉強経験がある人に出会うことがある。毎度のように驚かされる。
まして日本人向けの商売をしているお店なら、日本語ができて当然だと思うかもしれない。

けれども、そんなことが全く当然ではないことを、私は知っている。
私はそのとき、韓国に出張に来ていても韓国語ができなかったし、他の日本人バイヤーも同様だった。
私は勉強し始めたばかりの拙い韓国語で、他の日本人に通訳をしてあげたことすらある。
勉強する人は少ない。
勉強する時間がないのはしかたないが、学ぼうとすらしない人にはやはり恥ずかしさを感じた。

とはいえ、外国語の習得はそう容易ではない。
英語は通じなかったし、日本語ができる担当者がいるお店でも、細かい意思疎通ができる担当者は少なかった。
そういう担当者のいるお店には、日本人が集まるので、価格が高めだった。
他の会社と同じことをしていては、零細企業に勝ち目はない。
私は、価格が高い強気の仕入れ先でなく、その反対のところを探した。
つまり、人が集まらず、価格も低めの、弱気そうなところだ。
同類相憐れむ。
戦略として、間違っていたかもしれませんね。

何度か、韓国に出張に行って、取引を始めたところのひとつに、アクセサリーのお店があった。
お店の主人は日本語がほとんどできなかった。
夜の9時から洋服のお店をまわって、明け方3時ごろに、人の少なくなったアクセサリーのお店に行くと、出前の料理をとってくれることもあった。
日本では、お店の人が勤務時間中に店内で食事をする、というのは考えられないが、他の国ではよくある。

日本の「お客さまは神様です」という言葉は、品質向上には役に立つかもしれないが、裏を返せば「お客さまは人間ではありません」という考え、対等な人間としてではなくあくまで販売対象として扱うという考えでもある。
客なのだからお客さま扱いしてほしい、と思う人も多いようだが、私はどうも慣れない。
窮屈だ。
たぶん、根がいいかげんだからだろう。

アクセサリーの主人は、菜食主義者だった。仏教の考え方に敬意を払っていた。
私が菜食をするようになった経緯には、この主人から受けた影響が、ほんの少しある。
出前が届くと、お店の前の通路にテーブルを出して、一緒に食事をした。
こんなアットホームな距離感が、韓国の良いところだと思った。

そうこうしているうち、アクセサリーの主人が、日本語のよくできる東大門市場の専門家を紹介してくれた。
その専門家の案内で、お店経由でなく直接、縫製工場と取引できるようになった。
生地を仕入れて、デザインを決め、工場に縫製をお願いする。
私は急に、なんちゃってバイヤーから、なんちゃってデザイナーになった。

生地の卸売市場は、9時に始まる。
今度は、朝の9時だ。普通ですね。
閉場時間は夕方5時だ。うんうん。まともですね。

でもこれが、とんでもなく広い。
9時から5時では、全然回りきれない。
時間が足りず、見て回るのに駆け足することもあった。

いい生地をみつけたら、だいたいどんなデザインで何着くらい作るのかを計算して、何メートル買うかを決める。
生地を何ロールか買うと、非常に重い。
手では、とても持っていけない。
専門家のお兄ちゃんがバイク便を頼んで、工場に配達してもらった。
夕方5時に市場が閉まって工場に行くと、生地が到着していた。
生地ごとに作って欲しいデザインを絵で描いて伝えて、縫製を開始してもらった。

しかし、いろいろな種類の洋服が必要だ。
すべてをこうして自分でデザインして工場生産するのは、限界がある。
夜9時になると、やはり例のデザイナークラブに行く必要があった。
朝までフロアを徘徊した。

すると、いつ寝たらいいのか?
そんな自問をする暇もなかった。
私はほとんど、24時間営業のコンビニ状態になった。

24時間戦えますか。
はるか世界で戦えますか。
ジャパニーズ・ビジネスマン。
古いなあ。

韓国に出張に行く数日間は、ほぼ不眠不休で戦い、日本に帰国すると丸二日爆睡した。

仕事は忙しくて大変だったが、楽しいこともあった。
私のデザインした服で、これはきれいだなと思う服は、よく売れた。
そういう服は、流行や年代を超越している感じがした。たぶん、いま売っても売れるだろう。

実は、この洋服の話の最も重要な教訓は、ここにある。
流行にあった商品を仕入れて販売するだけであれば、必ず他社との競合になる。
競合になると、大規模な会社には敵わない。値段を下げるしかない。
赤字ギリギリまで下げることになる、と経済学の教科書のように考えるかもしれない。いや、実際は赤字ライン以下にまで下がることも多い。なぜか。赤字のラインが会社や状況によって変動するからだ。そして変動に耐えられない零細企業はつぶれていく。

しかし、自分で設計して作った商品であれば、競合にはならない。
個性があり、なおかつ魅力的なデザイン。
流行を追って真似しただけのものではつまらない。
しかし流行とは、多くの人が良いと思う流れでもある。流行を無視した個性的なものとは、多くの人が良いと思うものではないということだ。ダサく見えやすい。
流行に沿いながら、同時に流行を超越すること。
没個性的でありながら、同時に個性的であること。
そんな矛盾を解決できる組み合わせを、ひとつずつ地道に探すこと。
地道に、ということを強調したい。クリエイティブな仕事とは、案外に地味な努力の積み重ねである。
そうやって矛盾を克服すること。それがユニークさの本質でもある。
そんなユニークなものができれば、市場の支持を得ることができる。
そしてそのような、小規模ながらもユニークな価値を創造することが、零細企業の存在意義でもある。

ではどうすれば、そんなデザイン、そんな矛盾の克服、そんなユニークさを生み出せるのか。
それが核心的な部分だが、そこについては言葉でうまく説明できない。
ただひたすら、その時その場で市場が「真に」必要としているものが何かを、徹底的に考え抜くしかない。
しばしば、最も重要なことは、語ることができない領域に存在する。
何かを理解しようとするとき、人の話を読んだり聞いたりだけしていると、語られない領域があることを見落としがちである。

そんなこんなで小売店の売上が上がった。
当時日本の若者向けアパレルの中心地であった渋谷の109というビルに出店する、という壮大な計画まで生まれた。
このままいけば、一生食べていけるお金が稼げそうだった。
夢ができた。
もちろん、お金の夢です。ははは。

縫製工場は、家族経営の小さな工場だったので、私は取引を始めたばかりなのに、既に主要クライアントになっていた。
なんてこった。
工場に行くと、出前でチャーハンをとってくれた。
韓国のチャーハンには、日本で見たことのない、なにか黒いソースがついてくる。
この黒いものが、むちゃくちゃ美味しい。
なんだこれは。짜장(チャジャン)といいます。
幼稚園から小さな女の子が帰ってきて、工場の中でおとなしく遊んでいる。かわいい。
ミシン作業を終えた工場の奥さんが、「がんばります。よろしくお願いします」と、丁寧に頭を下げた。
ちょっと、涙が出た。
私も責任感を感じた。

夜のクラブにも行っていた。
お店の女の子にも会っていた。仕入れだけでなく、業界の話を教えてくれる、貴重な情報源だった。
女の子が別の日本人バイヤーを紹介してくれて、飲みにいった。
バイヤーが帰り際に、大規模な卸先企業に取り次いでくれる約束をしてくれた。
夢がさらにふくらんだ。

夢はふくらむのも早かったが、はじけるのも早かった。

期待して大規模注文した商品が届いて、お店に納品したその日、電話がかかってきた。
「あのー、お店の女の子が、試着してみたんですけどね」
不吉な出だしだ。その先を聞きたくない。
「首周りが狭くて、ワンピースに頭が入らないんです」

商品はすべて不良品として、返品されてきた。

私は男性で、女性服の試着はできないので、工場ではサイズの問題に気が付かなかった。
パターン(型紙)作成、ないし品質管理をちゃんと勉強していれば、防げた問題だったかもしれない。
勉強が足りないツケがまわったのか。
それとも前世でなにか悪いことをしたのか。だとしたらすみません。もうこれでお許しいただけましたか。

大量の損失を抱えて、事業の継続は難しくなった。
仕入れは中断した。
数ヶ月のあいだに、会社を清算した。

あとで、家族経営の工場のほうも倒産したと聞いた。

こうして、勉強不足だったアパレルメーカーの仕事は、勉強不足のまま終わりを迎えた。

そのあと、いろいろなことをして、今にいたる。
その「いろいろなこと」をしている間に、数十年経ってしまった。

いろいろしたといっても、営業の仕事はしていない。
飛び込み営業なんて、やっぱりもってのほかだ。

私は相変わらず、日本語が下手なままである。

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?