俺と幼女とバスと運転士と

 俺が大学生の頃の話……。大学へ行くバスの中、がたごとと音を立て車内が揺れる。バスの中は俺以外誰も乗っていなかった。この日の講義は四時半からしかない。


 冬の車内には、肌を下から上へ舐めるような熱風が流れている。とても澱んでいてそれが不快で、同時に心地よかった。


 いつも通りにバスの最後尾の真ん中の席に位置づけして、寒さから逃れるように体を縮め、文庫本を読む。伸びすぎた前髪は、人との距離をとるのに一役買っている。大学に入って良かったことといえば、ひとえに孤立しても誰にも何も言われないことだ。


 小学、中学、高校といえば、一人でいればそれを自分が望んでそうしていたとしても、いじめの対象になりかねない。周りの人間は協調性がないだの、かんだの言うが、人にそれを強要する時点で、相手も他人の個を認めることができていない。他人の個性を侵し正そうとする時点である意味相手も協調性がないのではないかと思っていた。個を認めたうえで、協調する道を探るのではなく、はなから個をねじ伏せ自分達の土俵に無理やり引っ張っていくのは傲慢だと思う。


 それが、大学に変わればがらりと変わり、自分の好きなもの、好きな人を選んで行えるようになる。そうすると、奴らが言っていた協調性なんて言葉は聞かなくなる。奴らも自分の大事なものにしか構わなくなるからだ。奴らは、かつて自分がしていたこと等忘れ、好き勝手にする。小学、中学、高校の俺がやっていたことと同じだ。どうせ、それに気づかずに奴らは人生を終えていくのだろうな。


 バスが停車する。アナウンスをしている奴が俺は嫌いだった。若く、声も明るく、降りる時に見える奴の眼は、とても澄んでいて光を灯している。だから嫌いだ。


 バスに小学生が三人乗りこんできた。無理やりといった感じで青いランドセルを背負った女の子が押されて乗り込んできた。二人の女の子は、小学生にも関わらず、俺の嫌いな表情を浮かべて女の子を見て笑っている。


 青いランドセルの女の子が俺の席から三席前の左側の席に座らされ、残りの二人はその後ろに座り笑みを浮かべていた。バス停が近づくと、俺はベルを鳴らした。次、止まります、そうアナウンスが流れた。
 俺は席を立ち、女の子たちの間の席に立ち、鞄を下した。バスが速度を落とし、バス停に向かう。


 青のランドセルの女の子は、バスが止まるかどうかというタイミングでランドセルを背負うと脱兎の様にバスの降車口へ向かう。俺は横向きに置いている鞄をゆっくりと持ち上げる動作をする。後ろの女の子が早くしろ、おっさんという表情を浮かべているだろうが気にしなかった。前を見ると、女の子はお金がないのかもたついていた。


 運転士が何か少女に言ったと思ったら、女の子は降りて、進行方向とは逆側に走り去っていく。


 女の子と視線が交錯する。あぁ、よく似ている。目が澱み、だけどきっとまだ傷は深くないのだろう。そこにまだ希望の光が灯っていた。お互いに何をいう訳でもなく完全に過ぎ去るまで視線で挨拶し続けた。


それから、俺の横を鬼の形相で他の二人が追いかけていてく。ガシャンと音が鳴り、扉が閉まる。二人は慌てて降車口へ駆けていく。


 二人は、磁気の定期券を持っているようだが、機械が反応せずに立ち往生していた。女の子が走り去って一分後にようやく定期券が通り二人は降りていった。


 大学前のバス停に着き、降車口へ向かう。運転士が降りる時に独り言のように言った。


「あの子にお金はいいから降りろって言ったんですよ。それに、磁気用の支払機の電源切ってやりましたよ」
 運転士の顔を見ると、そいつは俺と同じ澱んだ目をしていた。
「お兄さんのことは前から知っていました。ただね、そういう目はしないならしないでいい生き方を探したほうがいいですよ。若いんだから。それではまたのご利用を」


 それから、運転士は目に生気を戻すと扉を閉めた。バスは排気ガスをまき散らし去っていた。


 俺は、久々に充足した気分になった。そうだな、あの人がそうなれたのなら、俺にもそういう道があるはずだ。

俺は、まるで初めて歩き始める赤ちゃんの様に慎重に一歩を踏み出した。


いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。