僕と君は結ばれない⑦

「はい、はいっと。それで、俺に何か用があってきたのか?」
「あーそうです、そうです。忘れていました。先輩が前言っていたリストを作ってきましたよ」
「リスト?」
「先輩が惚れそうな人リストですよ。食堂で私、顔を見たら先輩が好きになりそうな人が分かるっていったじゃないですか? あれ、作ってきました。と言っても初日の入学式でとった各クラスの集合写真ぐらいしか手持ちにはないですけどね。それをフルカラーでコピーして好きそうな人には印をつけてきました」
「…………冴木、病院に行こうか。大丈夫、きっと半年もすれば出られるから。俺もたまには病室に行ってやるからな」




「精神疾患の類じゃないですって。たしかに客観的に見たらかなり危ない奴ですけど、正気ですから」
「正気でこれをできる方が怖いわ。危ない奴って自覚したうえでこれを作ったお前の精神状態がかなり気になるわ」
「まぁまぁ、せっかく作ったんですからとりあえず使ってくださいよ。絶対に役に立ちますから」




 腕にそのリストを押し付けられ、見てみることにした。でも、正直俺がその人に惚れるかどうかは全然分からなかった。俺が、怪訝な表情を浮かべていると冴木は困ったような顔をした。
「どうです? 役に立つでしょう?」
「いや、これだけじゃ分かんねぇよ。やっぱり、直接会わないとな」
「……そうなんですか? 先輩って顔が分かったら、惚れるかどうか分かるんじゃないんですか?」
「そんな訳ないだろ。実際に会わないと分からねぇよ」




 そう、俺の能力は実際に会った人間にしか効力が発揮されない。よって、写真やスマホ画面を見たところで、俺が運命を変えたいほど惚れるかどうかは分からなかった。俺は障害があるほど燃えるタイプだ。やっぱ、他人の運命を変えるなら、難しい方がいい。




「へぇ、そうなんですか。私、てっきり先輩も、写真でも何でも顔が分かれば惚れるかどうか分かると思っていました」
「俺が、面食いみたいな言い方をするな。っていうか、お前は顔で惚れるのかよ」
「いや、そういう訳じゃなくて……。…………えっと、そうなんです、私、実はかなりの面食いなんですよ。こうやって、付きまとっているのも中学三年生の時に格好いい先輩がこの学校にいるって聞いたからなんですよ。そのために、血反吐を吐くぐらい勉強しましたからね。これは、嘘じゃないです」
「だから、怖えよ。嘘でもそんなこと言うなよな」




「いや、本当ですって。この曇りなき眼を見て下さい。これが、嘘を吐いている人間の眼ですか?」
 澄んだ目をしながらそう言われては嘘とは思えなかったが、暗にストーカーするためにこの学校に入ったことを白状され、かなり微妙な表情を浮かべた。



「……ここって、けっこう偏差値高いよな」
「愛の力です。愛の前では全て無意味です」
「……冴木な、言っておくけどな、そういうことは実際の理由がそうであっても、本人の前では言わない方がいいぞ。見ろ、俺のこの鳥肌を……」
「おお、私の愛で、先輩の細胞全体が歓喜に打ち震えているんですね。分かります、分かります」




 俺は、何を言っても無駄だと思い、後輩を無視して帰宅しようとした。
「せんぱーい、待ってくださいよ。私も一緒に帰りますから」
 俺たちは、街中を歩いた。
「最近、ここらへんも開発が進んできましたよね」



 冴木が珍しく、真面目、いやまともな話題を振ってきたので答えることにした。
「……そうだな。この街もようやく田舎から脱出できそうで、俺は嬉しいよ。正直大型ショッピングモールはおろか、でかい本屋すら近くに全然なかったからな。逆にこういうところにこそ、早めにそういうのが誘致されそうなもんなのにな。ようやく、この街にも大型ショッピングモールが入るって聞いて俺は今から楽しみだ」
「………………私は、正直嬉しくないですね。開発が全ていいことばっかりではないですから」



「どうしたんだよ、冴木らしくない。まぁたしかにいい影響ばかりではないだろうけど、この前行ったカラオケ屋だって開発で建てられたやつだぜ」
「……そういうことじゃなくてですね。そうですね。……今あるものが失われる可能性がある。そういう風に考えると寂しいし、悲しくなりませんか?」



 冴木のその時の表情は、いつも見ている冴木のものではなく、愁いを帯びていて物悲しいものだった。俺は、その表情をしばらく眺めていた。初めて、本当の冴木に会った様な気がした。



「…………まぁ、人の心の機微もわびさびも分かんない先輩に言っても仕方ないか」
「な、失礼な。俺ほど他人のことを考えている人間もそうはいないぞ」
「…………知っています。知っているからこそ、あえて言っているんですよ。先輩、前も言いましたけど、私達付き合いませんか? あるいは先輩が卒業するまで、先輩の身柄を私に拘束させてください」



「どんな告白の仕方だよ。気持ちは嬉しいけどな、俺はお前とは付き合えないよ。俺にはやらないといけないことがあるからな。だから、監禁もなしだ」
 冴木は溜息をついた。
「先輩なら、そう言うと思いましたよ。先輩は他の人たちと違って、強情ですね。私がここまで押しても何ら影響がなかったのは先輩が初めてですよ」
「もしかして、前、口説き落とした他の男達と比べているのか?」




「何を馬鹿なことを。……まぁ、あながち間違いでもないか。ただ、それで言うと、私が口説き落としてきたのは、男子だけでなく、女子もですけどね」
「……えっ、お前って両方いけるの?」
「……はぁ、ここまで言っても分からないか。先輩も似たようなことしてるでしょ。私はそれを真似ているだけなんですから」



「冴木、お前が俺の真似をしたって、それは……」
 俺は能力があるから、運命を変えられる。だが冴木、お前が俺のことを好きで、それを真似して、同じようなことをしたところで何ら意味がないことだ。これはまた後でも語ることになるだろうが、能力を持っていない人間が、未来のことを知らずに生きていても未来は変えられない。ただその運命通りに流れるだけだ。



「それは、何です?」
「……何でもない。ただ、あんまり人の心を弄ぶなよ。俺の姿がお前にそんなに軽薄に見えているなら謝るが、俺の真似はするな。お前がやっているそれは、俺以上にたちが悪い」




「………………ナンパをしている先輩以上にですか?」
「……あぁ」
「…………分かりましたよ。それに今は私、そんなことしてないですから。先輩に付きまとうことに人生の全てを使っていますから、他の有象無象に構っている暇なんて私にはないのでそこは安心していいですよ」



「それは、それで人生の無駄遣いをしている気がするが、まぁいいいか。他の人間に迷惑がかかるよりは、この珍獣の手綱を俺が握っていた方が人類のためだな」
「そうですよ。手綱を握っておくのが一番ですよ。だから、是非私と交際を」



 しばらこんなくだらない話そしていた。その後、彼女に言いくるめられ、一年生に会いに行くときは一緒に行くよう約束を取り付けられた。先輩は話さないと惚れるかどうかが分からないのですか? と問われたので、直接会えば雰囲気で惚れるかどうかが分かると伝えておいた。能力で相手の運命さえ分かれば、十分だからだ。



 それを聞くと、冴木はだったら私と喋りながら他の生徒たちのことを見ればいいんですよと提案してきた。正直、俺も一々誰かと関係を持つよりも冴木一人を相手にしながら、惚れる対象かどうかをみる方が楽なのでそれに乗ることにした。



 家に帰って、向こうが惚れたリストを見てみると、印がついている横にクラス人気一番とか、先輩が好きそうなタイプとか、先輩が友達になりたそうなタイプだとかが書いてあった。
 一クラスに大体六名ほど印がつけてあった。十クラスで六十名ほどの印がつけられていいた。



 実際に彼女たちにも冴木を通して会った。結論から言うと、その中で俺が惚れたのは二名だけだった。一人は女子で、もう一人は男子だった。男子に惚れたと言うと、語弊があるので友人になりたかったってことな。六十分の二、つまりは三十分の一の確率だ。まぁ、自称先輩の好きなタイプが分かるというだけはあると思った。それにそれ以外の生徒も後から見てみたが、そのリスト以外で俺が気になる生徒はいなかった。……たまたまとはいえ、すごいと思ったが、恐怖も感じた。



下記没シナリオ











そういえば、夏休みに冴木に誘われて、デートという名の遊びにいったが、そのことは割愛しよう。どうせ、さっきみたいな下らない話の延長にしかならない。


 
 そんな風に一年生のクラスを行き来していたら季節はすっかり秋になっていた。もうそろそろ太一さんの学校が秋休みに入るらしかった。俺は夏休みの間もバイトを続けたかいもあって、冴木の叔父さんに教わりながら、バイクの整備が一人でもこなせるようになった。


 
 最初の方は、必ず俺が整備したバイクを叔父さんは念入りに確かめていたが、最近は俺が整備したものも軽く点検するだけで俺に任せてくれるようになった。そのことに喜びと共に安堵の感情が湧き上がってくる。これで、現状この店において俺がすべきことができるようになった。それにバイト代も上がったこともあって十万円ほど貯まった。優愛からは、どんな車種を買うか聞かれたり、買ったら後ろに乗せてくれとせがまれたりしたが、適当にはぐらかしている。
 それから、夏休みが明けてから優愛と俺が付き合っているなんて噂が流れ始めていた。そりゃ、毎日のようにあいつといれば仕方がないことかもしれないが、俺は断固として否定している。俺も基本的に秋口には一年のクラスに行ってちょっかいをかけることはなくなったので、噂も流石に立ち消えたと思っている。




 こっちからの突撃はなくなったが、優愛は相変わらずこっちのことはお構いなしにクラスにやってきては俺に付きまとってくる。そういえば、これを聞いている奴で呼び方が変わったことに対してニヤニヤしている奴もいるかもしれないが、そんな色気があるわけないだろ。まぁ、ほとんどが脅しだよ、脅し。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。