僕と君は結ばれない④

 入学して一週間経ったが、そいつは、俺に付きまとい始めていた。そいつのことを話す前に俺のことで話すことがあったな。俺は色々な奴とよく話す。それは、男子、女子、教師、先輩後輩問わずだ。だけど、俺はそいつらとは一期一会だ。その瞬間は全力で相手をするが、特筆して何もなければ、その時限りの関係だ。これといって、決まったグループにも入っていなかった。スポーツ系やら文科系やらおしゃれ系やら全てに軽く足を突っ込んで、自分の気分で移動する。まるで旅人だと思う。常に移動していないと死ぬマグロみたいな生き方だ。




 そうやってモンゴル人みたいに定住することなく俺は移動している訳だ。もちろんこの気質は学校だけじゃないぜ。老若男女問わずな。まぁ、正直言ってじじいとばばあは大体の場合は対象外だけどよ。まぁ、下は五歳児から上はせいぜい六十歳くらいまでかな。それより上になると正直俺は興味が湧かない。




 俺がいつも通り学校を出ようとしたら声がかかりやがった。
「佐藤先輩、佐藤先輩、待ってくださいよ。今そっちに向かって走っていってますから」
「…………」



 後ろから大きな声が聞こえる。俺は後ろを振り向かず早歩きで校門まで行くと、曲がり角で相手を引き離すため走り出した。



「ああっ、くそ。佐藤先輩の馬鹿、まぬけ、このくそったれー!」
 後ろからそう聞こえてきたが知ったことではない。俺は、俺でやることがあるのだ。やつに構っている暇などないのだ。今日は隣街で見かけた鈴木さんをナンパしないといけないのだ。たまたま一週間ほど前にあったが、一目惚れだった。かれこれ二分ほど呆けるように彼女を見ていた。まぁ、そんなことはいいのだが果たして上手くいくだろうか? 年齢は二十代後半といったところだろうか、そんな印象を受けた。





 電車を乗り継ぎ、彼女の街に行く。車内からすごい息を切らした音が聞こえてくる。




「……はぁ、はぁ、この電車に乗っているのは分かってんだぞ。見つけ次第、佐藤先輩は殺す。か弱い後輩をこんな目に遭わせて」




 視線を左にやると、彼女が俺のいる車両にちょうど移ってこようとしていた。俺は、彼女が気づく前に目の前のトイレに入り、彼女をやり過ごした後、目的の駅で降りた。女の子と同伴でナンパするなんて馬鹿だ。堂々と私は浮気しますって言っているようなものだ。しばらく、鈴木さんを探したが、見つからなかった。ここらへんに住んでいるはずなのだが。もしかしたら自宅にいるのかもしれない。これがあるから困るのだ。そう思い、俺は近場の喫茶店で休むことにした。





 コーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。いい匂いだ。そうやって俺が気持ちを落ち着けていると目的の彼女が目に入ってきた。ラッキーだ。ついているぞ。後はどうやって彼女と接触するかだ。彼女はコーヒーを受け取ると席につき、雑誌を取り出した。ファッション雑誌のようだ。俺も注文を終えて、隣の席につく。ちょうどいい込み具合だった。




「お隣、失礼しますね」
 彼女が俺の方を見て、はっとした表情を浮かべて恥ずかしそうに頷いた。どうやら、印象は悪くないようだ。まぁ、ほんっと顔と髪型は大事だよな。これで大体がきまるといっても過言ではない。俺は、鞄の中に山の様にある本の中からファッション雑誌を取り出して読み始めた。それから十五分ほど経ったころだろうか。




「はー、読み終わったあ」
 そう言いながら伸びをしていると、隣の彼女がこっちを少し驚いた顔で見ていた。
「すいません。集中して本を読んでいたら、喫茶店にいることを忘れてしまって……」
「いえ、大丈夫です。私も本を読んでいたらそういうことになることもありますから」




 それから、少し彼女と話をした。彼女には彼氏がいるらしく、もうすぐ結婚をするようだった。そんなことはもちろん、リサーチ済みだった。




 だけど、俺は知っている。運命なんてものは俺のさじ加減でいくらにでも改変可能だという事を……。誰かが何を思おうが、俺の筋書き通り、とまではいかなくとも、気に入らない未来はいくらでも改変可能だ。小学校時代にそれは経験済みだ。俺が介入すれば、未来は黒にも白にも変わる。俺は、もう迷わない。どうせ、誰もこのことを知りもしないのだ。だったら、俺が何をしようと関係ないじゃないか。運命をどういじくろうが、どう引き裂こうが俺の勝手さ。俺程度の介入でどうにかなっちまう運命だったら、それこそそんなものだったってことさ。





「ふふっ、佐藤君と話していると気が紛れます。実は私、結婚前で少しブルーになってしまっていて……。こうやって友達でもない人にこういう風に話を聞いてもらえるのって、案外気が紛れるのですね」





「いえ、鈴木さんの役に立てたのなら何よりです。俺も大人の女性からこうやって話を聞けるだけでも楽しいですから。それに鈴木さん、美人ですし」
「ふふっ、佐藤君はお世辞が上手だね」




「いえ、そんなことはないです。本当に綺麗ですから。ところで何でブルーになっていたんですか? やっぱりマリッジブルーと呼ばれるものですか?」
「……うーん、まぁそんなところかな。何ていうのかな、お互いに新婚旅行に行くのは賛成なのだけれど、行先で揉めていてね……」
「そうなんですね」
「彼は一生に一度の新婚旅行だから、ハワイや海外に行こうって言うのだけれど、私は国内旅行をしたくて……。だって、まだ国内だって全然見てないところがあるのだから。それこそ、無理に今海外に行かなくたっていいと思うの」





「その気持ちは分かります。国内で行くところがなくなってからでも遅くはないですからね……」
「そうなの……。それで彼とぎくしゃくしてしまって、今結婚前なのにピリピリしちゃって……。同棲しているから、彼が休みの日は、家にも帰りづらくて」
「結婚っていうのも大変なんですね。差し出がましいかもしれませんが、婚約者さんの趣味があれば、それに合わせた所を巡ってみるよう提案してみるのはどうでしょう? それであれば国内旅行に出来ますし、またその旅行先も鈴木さん自身も楽しめるところにすればいいのでは……」





 そこで、喫茶店のガラス窓に見慣れた女の子がうろうろしているのが見えた。肩をいからせ、道を突っ切る姿は凶暴なゴリラのようだった。ここからガラス窓は遠い。店内の奥まったところに席がある。彼女が俺に気づかないのを祈るしかなかった。




「彼の趣味ね。…………何だったかな。出会った頃は、どんなくだらないことも共有できていた気がするのにな。いざこうやって聞かれて即答できないなんて、本当に彼と結婚生活やっていけるのかしら……」
「……大丈夫ですよ。そうですね。例えば二人が出会ったきかっけから共通の趣味を見つけてみるのはどうですかね?」




 そう答えて、前を向くとガラス窓に、潰れたゴキブリさながらに顔を押しつぶした彼女の姿があった。窓ガラスから一番近い客が彼女の姿を見てガラス窓にコーヒーを噴射した。まったく、色気もひったくれもないその姿は、百年の恋も冷めるってものだろう。幸い、鈴木さんは彼女のことなど目に入らないくらい考えている。彼女は、潰れた顔を押し付けたまま、見つけたとそう目がいっていた。それから、隣にいる鈴木さんのことを、獲物をとらえるカマキリのような視線でしばらく眺めていた。それから、ゆっくり俺の方に向き直った。口元が今からそっちにいくからと言っていた。





「…………そういえば結婚は教会式にされるのですか? それとも神前式にされるのですか?」
「えっ、それはもちろん神前式よ。だって、私たちが出会ったのは、お互いに御朱印を集めて神社巡りをしていたときだったから……。当然、そこはもめなか……。そうよ、何でこんな大事なこと忘れていたの」
「そうなんですね。それだったら……」
「うん、そうするわ。彼ともちゃんと話してみる。何も海外に行くことなんてないのよ。世間が決めた価値観じゃなくて、私たちが出会うきっかけをくれた御朱印に所縁にある場所を巡る。その方が、私達らしいわ」





「それは……」
「先輩!」
 俺は聞こえないふりをする。
「良かったですね」
「佐藤先輩、聞こえていますよね」
「あの、何か女の子が佐藤君の名前を呼んでいるのだけれど……」
「いえ、気のせいですよ。それよりも婚約者さんと上手くいくといいですね」





「ありがとう、佐藤君。でも、隣の女の子が鬼の形相で私を睨んでくるのだけれど、どう考えても佐藤君のこと知っているわよ」
「気のせいですよ」
「……もしかして彼女さん?」
「そんなわけな……」
「そうなんですよ。彼は私の彼氏なんですよ。よく分かっているじゃありませんか。先輩、この人いいですよ」
 満面の笑みを浮かべ、鈴木さんを見ている。




「俺にも選ぶ権利がある。お前だけは絶対にない。俺が好きなのは、俺の行動をある程度許してくれるおおらかな女性だ。そう、例えば鈴木さんのような……」




 俺が鈴木さんの顔をしばらく眺めていると、鈴木さんは照れたように笑った。
「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさいね。それに彼女さんもいるのにナンパなんてしたら駄目よ、佐藤君」




 俺は、その後もしばらく鈴木さんを見ていたが、脈なしとみなし首を振った。
「……残念です。ですが、こいつが俺の彼女っていうのは絶対にないです。こいつは俺に付きまとっているス……」
「すっごく可愛い後輩です」
「ふふっ、二人ともすごく仲がいいのね。佐藤君、ありがとう。お陰で彼ともう一度話し合えそう。これもあなたのお陰よ。彼女さん、佐藤君のことをよろしくね」

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。