僕と君は結ばれない⑤

「ふふっ、二人ともすごく仲がいいのね。佐藤君、ありがとう。お陰で彼ともう一度話し合えそう。これもあなたのお陰よ。彼女さん、佐藤君のことをよろしくね」
「あなたに言われるまでもないですよ。本当に鈴木さんは先輩に感謝した方がいいですよ。先輩はとても優しいですから。まぁ、ですから、当然可愛い後輩である私を放置して帰るなんていう不義理なまねはしないですよね」
「嫌だね。勝手についてくるな。お前と一緒にいるとろくなことがない。こうやって、ナンパも失敗したし、いいとこなしだ」
 俺が、そう言うと彼女はしてやったりといった表情を浮かべ、こっちを見てくる。控えめにいってぶん殴りたい。男女平等の名においてデコピンを放った。
「痛っ、何するんですか。私が邪魔しようが邪魔しまいが結果は一緒ですよ。先輩は本当に素直じゃないんですから。本当は私のことがすきなくせに……」
 俺は、馬鹿らしくなり、鈴木さんにどうかお幸せにといって、喫茶店でお別れをした。よきせぬ闖入者のせいでナンパは失敗に終わってしまった。せっかく運命が見えても邪魔が入れば、俺に惚れさせることも困難になる。



 後ろから、後輩がつけてくる。
「おい冴木、いつまでついてくるつもりだ」
「先輩、冷たいですね。そんなんじゃ女の子にもてないですよ。ほらほら、こんなに可愛い女の子が言い寄っているんですから、男がすることなんて決まっているでしょ」
「可愛い女の子は、自分で可愛いなんて言わないし、ストーカー行為もしない」



「なに言っているんですか、そんなのは偏見ですよ。可愛くても、ストーカーぐらいしますよ。そうです、それを言うなら校門前で潜んでいる彼女達だって同じじゃないですか。彼女たちはブスですか、そうですか。うわぁ、先輩って最低ですね」
「……お前も彼女たちと同じくらい遠目で見るだけにしてくれれば実害がなくていいんだけどな。こうやって、放課後ついてこられると正直邪魔以外の何物でもない」
「いやいや本当は嬉しいくせに、照れちゃって可愛いなぁ。どうです、食べたくなってきましたか?」
「……どんなにお腹がすいていてもベニテングダケは食べないだろ」
「…………何ですそれ?」




 本当に彼女は新入生代表に選ばれるほど頭が良いのだろうか? そう思った。俺が何も言わずに黙って歩いていると彼女は携帯電話を取り出し、弄り始めた。
「……ベニテングダケっと」
 彼女が調べているうちに、俺は逃げ出す準備をするように背伸びをした。
「……ってこれ毒キノコじゃないですか。どういう意味だ、こらぁぁ」
 そう言った時には俺はもう既に彼女を置き去りにしてその場を走り去っていた。



学校内でも、休み時間の度に俺の元に来る。俺が、どこにいようがお構いなしに話しかけてくる。クラスの男子と話していようが、女子と話していようがお構いなしだった。



「先輩、ご飯行きましょう。今日の学食はA定食がおすすめですよ。チキン南蛮定食です。安くてうまいですし、早めに売り切れるからさっさと行きましょう。善は急げですよ。さぁ、私と共に学食へ行きましょう」



 俺は、後輩を無視して女子と話していた。しばらく後輩は黙って俺達の話を聞いていたが、しびれを切らしたようで俺の手を引っ張り教室の外に連れだそうとしていた。




「先輩、流石に無視はひどいですって。そんな女と話すよりも、私といた方が頭使わなくていいから楽ですから」
「……けんちゃん、毎日来て、こうも立て続けに断られ続けているのも流石に可哀そうだから、今日一日くらい付き合ってあげたら?」
「流石、名も知らぬ先輩は言う事が違います。さぁ、許可も出たし行きましょう。そうしましょう」
「……分かったよ。悪いけどこの馬鹿と学食行ってくるわ。また今度埋め合わせはするから」
「馬鹿とは失礼な。入試一位の私が馬鹿なら、今年の一年は全員馬鹿ですよ。それに私は冴木優愛っていう立派な名前があるんですから」
 クラスメイトは笑って、手を振ってくれた。その後、学食へ二人で行って冴木はチキン南蛮定食を俺はうどんをそれぞれ頼んだ。



「佐藤先輩、うどんってそれだけで足りるんですか? なんなら、私のチキン南蛮少し分けましょうか?」
「……いや、いい。それよりも毎日俺のことをつけてくれるのはやめてくれ。迷惑だ」
「だからぁ、先輩が私と付き合ってくれるのなら、やめますってば……。私だって、自分の貴重な時間を先輩のためだけに費やすのは、無駄なんですから。私も自分の為に時間を使いたいですし」
「……無茶苦茶な言い分だな。本当に冴木は俺に惚れてるのか?」
「……優愛って呼んでくださいよ。優愛って。もちろんじゃないですか。こんなにアプローチしているのに何が気に食わないんですか?」




「全てだよ。お前といるとこっちの時間が削れてしょうがない。学校でこうやって一緒に飯するぐらいはいいけどな、放課後は俺にもやることがあるんだ」 
「どうせ、この前みたいなナンパでしょ。全く先輩も阿呆ですね。そんなことをしなくてもここに超絶可愛い天使がいるじゃないですか。それを全力で愛でればいいんですよ」



「へぇ、それよりもそこの七味とってくれ」
「あっ、はいどうぞ。って先輩本気で相手してくださいよ。ほら、さっきの女子にしていたみたいに優し気な表情を浮かべて話を聞いてくださいよ。ほら、スマイル、スマイル。笑顔はただでできる最強の化粧なんですから」
「ごめんな、お前用のスマイルは売り切れみたいだ。取り寄せするのにも結構時間がかかるみたいだ」
「次の入荷はいつですか?」
「さぁなぁ。そういえばこの前、その商品廃盤になるって言ってたなぁ」
「製造自体が中止ですか? 待ってください。商品部に待ったをかけてください。私が直接交渉しますから」



 こんな、毒にも薬にもならない会話がしばらく続いた。たしかに冴木と話していると頭を使わなくて楽なのは本当だった。新入生が入学してもうすぐ一月になるが、そろそろ新入生とも話をしたりする必要があるように感じた。もちろんナンパも含めてだ。



「なぁ、冴木」
「何です、先輩?」
「お前って、クラスに仲がいい子とかいるか?」
「何です? まさか、うちのクラスメイトにもちょっかいかけるつもりじゃないですよね?」
「どうだろうな? 当たらずも遠からずかな」
「まぁ、先輩の期待に応えられそうではないですね。佐藤先輩にこうやって絡んでいますからね、私結構女子からは嫌われているんですよ。といっても皆が皆、佐藤先輩を好きではないですから、何人かは友人もいますけど、佐藤先輩好みの女の子はいないですよ」
「へぇ、お前に俺の好みの女子が分かるんだ」
 冴木はにっこり微笑むと、胸をそらして、したり顔だった。



「佐藤先輩の好みなんてね、あっという間に分かりますよ。顔さえ見れば、先輩が次に口説きそうな女だって特定余裕です。伊達に先輩に付きまとってないですよ」
「へぇ、そりゃ凄い」
「あー、信じてないですね。私って勘が鋭いんですから。何か頼りたいことがあれば言ってくださいよ。紹介はできないですけど、佐藤先輩が惚れそうな女の子を教えることくらいはできると思いますよ。それに、先輩が好きそうな男子生徒も……」
「おい……。俺にそっちのけはないぞ」



「ははっ、冗談ですって。まぁ、困ったことがあったら言ってくださいよ。私もそうやって先輩のポイントを貯めて、少しでも告白を成功させたいですから」
「お前もこりないな。初日にも振ったろ。大体俺は基本的に、恋は追われるよりも追うタイプなんだよ」
「……まぁ、知っていますけど。それで諦めるほど私は甘くないですよ。先輩を惚れさせるためなら、多少敵に塩を送るくらい、訳ないですよ。最終的に先輩は私のものにしてみせますから」



「どっから来るんだよ、その自信は。俺もお前くらい馬鹿になれたら楽なんだろうなぁ」
「そうですよ先輩、一緒に馬鹿になりましょうよ。馬鹿になってまず自分を一番に優先にする生き方をするんです。どんな聖人君子だって、自分が幸せじゃないと、誰かに無償の愛を与え続けるのは不可能なんですから。……まず手始めに可愛い彼女を作るのが一番ですよ。ほら、ここにちょうどいいマグダラのマリアみたいな聖母がいますよ。ほら、私の膝元があいていますよ」
「結局、そこに戻るのかよ。お前が聖母なら、その宗教は一瞬でさびれるだろうな」



「失礼な。私ってこう見えても優しいんですよ。本当に好きな人に対してだけですけど……」
「はいはい、分かった、分かった。ごちそうさん。俺はもう喰い終わったから先行くな」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ。あー、先輩は取り付く島がないな。もっと私のことを見てくれてもいいじゃないですかぁ」



冴木と話していると、楽だった。うざったいところもあるが、気を遣わずに接することができて楽だ。下校中にそんなことを考えていた。だけどもちろん、帰りは冴木をまいてきた。いくら楽でも放課後は自分のために時間を使いたかったからだ。すると、前方から女性が目に入った。


ハイヒールを格好よく履きこなし、いい音をさせながら歩いてくる。それから俺の顔を見ると、声をかけてきた。
「そこの君、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、このマンションかアパートかは分からないだけど、ここの住所って分かる? マップだとここら辺だと出ているのだけれど見つからなくて」



 俺は少し考えた後答えた。
「あぁ、ここですか。そういえば、この前の台風で看板が飛んでしまって、それ以来そのままになっているって聞きましたよ」
「そうなの。……急で申し訳ないのだけれど、そこまで道案内してもらえるかしら」
「いいですよ。ただ、もう目と鼻の先にありますよ。ここですよ」



 彼女に目的の場所を示すと、驚いた表情を浮かべていた。そこは、今時珍しいくらいにボロボロの木造の二階建てのアパートだった。恐らく築六十年はくだらないだろう。



「…………えっ、ここ? 本当にここなの?」
「間違いなくここですよ。友達か誰かが住んでいるんですか?」
「ええ、高校時代から付き合っていた後輩が、地方の大学に合格してこっちに引越ししたのよ。せっかくだから、サプライズで夏休み前に顔ぐらい見せておこうって思って」



 彼女の身に纏うものと、そのアパートはあまりにアンバランスだった。彼女はそれから呆けるようにアパートをしばらく見つめていた。俺はその間も彼女のことを見ていた。



「あんまり、物事には頓着しないのは知っていたけど、ここまでとは……」
 彼女はこめかみを押さえ、木造アパートの前で頭を抱えていた。すると、クラクションがなった。
「ちょっと、邪魔、邪魔。そんな入り口の前でぼうっと立つなよ。俺が通れないだろ」
 後ろを見ると、バイクに跨った男がそこにはいた。



「すいません、今どきます」
「悪いね。そこの女の人もどいてくれな」
 女の人が振り返った。
「あれ、咲さんじゃないですか? えっ、急にどうしたんですか? こんな何もないところに……。まさか、俺に会いに来てくれたんですか。うっわぁ、嬉しいなぁ」
 男はまくし立てるように喋りながら、バイクから降りると彼女に近づいていった。



「……久しぶり、太一。サプライズのつもりできたけど、私の方が驚いたわ。あんた、こんなところに住んでいるの?」
「……ははっ、いやぁ俺って親からの仕送りあんまり貰えなくって、こんなところしか借りられなかったんですよ。でも、案外住めば都ですよ。せっかくだから、咲さん上がっていってください。何なら、泊っていきます?」
「ありがとう、上がらせてもらうわ。ただ、泊るのは考えさせてちょうだい。流石にちょっと……。まぁ、上がらせてもらってから考えさせてもらうわ。あっ、君ありがとう。お陰で太一と出会えたわ」



「いえ、彼氏さんと出会えて良かったです」
「何です、こいつ。咲さんに馴れ馴れしくないですか?」
「太一、この子がここまで案内してくれたのよ。あんたもお礼をいいなさい」
「そうなんですか。おい、そこのお前ありがとうな」
「いや、いいですよ。それより、そのバイク格好いいですね」



「おっ、お前この良さが分かんのか。これは同じ部活の先輩が俺の大学祝いに格安で売ってくれた奴なんだよ。まだ乗る以外はできねぇけど、いずれは自分でメンテしたり、改造したいなと思ってんだよ」
「そうなんですね。この色合いとかいいですね。それに俺もバイクの免許持っているんですよ。今は原付ですけど、いずれは太一さんが乗っているようなバイクにも乗りたいです」



「おっ、いいね。お前話せるじゃねぇか。名前は?」
「俺の名前は、佐藤です」
「俺の名前は太一、んでこっちにいるのが俺の恋人の咲さんだ。いくら綺麗だからって、俺から奪おうなんて考えるなよ」
「ははっ、そんなことはしないですよ」
 それから、しばらく彼らと話した後お別れをした。次のターゲットは決まった。この前は、冴木のせいで惚れさせることができなかったが、今度は失敗しない。



「せんぱーい、ここにいやがりましたね。どうしたんです、こんなボロアパートの前で……」
 嫌な予感がして振り向くと、冴木がいた。
「いつからそこにいた」
「たった今、ここを通り過ぎようとしたら先輩が目に入ったから声をかけただけですよ。ここに何かあるんです?」
「いや、何もない。あんまり、ぼろいから眺めていただけだ」



 冴木は納得していない風だったが、興味を失ったように表情を変えた。
「あっ、そんなことより今からどっか行きません? 例えばカラオケとかぁ、バッティングセンターとかぁ、先輩と行けるならどこでもいいですよ」
「何で、一緒に行けることが前提なんだよ。嫌だよ、これからすることができたからな」



「うへぇ、どうせナンパの癖に……。そんなに女遊びばかりしているとろくなことないですよ」
「今回はナンパじゃない。ちょっとアルバイトでもしようと思ってな」
「……ナンパじゃないって先輩正気ですか?」
「お前、俺のことを何だと……」
「そりゃあ、ナンパが大好きなとっても優しい先輩ですよ」
 満面の笑みでこっちを見ながらそう言ってくる。



「しかし、急にバイトなんてどうしたんです?」
「ちょっと、バイクでも買おうかなって思ってな。それで、ついでだからバイク屋で働こうと思ってな。冴木、おまえどっかバイク屋とか知らない?」
 冴木は悲しそうな表情を浮かべた。
「…………またですか」



「またって、何がだよ」
「……どうせ、先輩のことだから好きな女でもできて、それの影響でバイクでも買おうっていう算段でしょ」
 図星を突かれ、押し黙る。



「はぁ、いいですよ。ただ、先輩が希望するバイトの場所を探し出したらデートしてください。今回はそれで手を打ちますよ、先輩もそれでいいですね。」



「……まぁ、もし見つけらたら一回くらいなら付き合ってもいい」
 それを聞くと、冴木は嬉しそうに笑った。
「よし、私の人脈を使えば一発ですよ。実は、私の叔父さんがバイク屋を営んでおりましてー……」
 そう言いながら、こっちの顔を見ながら、にやにやしている。腹が立つ顔だ。
「ただな、俺が探しているのは……」
「……バイトも現在募集中なんですよ。ただ、販売だけじゃなくて、修理とかも同時にこなしているから結構大変かもしれないですけどね。叔父さんには、他のところで働くよりも時給を上げて貰えるよう頼んでおきますよ。どうです、先輩受けてみませんか?」



「短期でも大丈夫か?」
「もちろんです。先輩の為なら叔父さんに甘えて、叔父さんの財布から諭吉を搾れるだけ搾り取ってやりますよ。どうです、こんな健気な女の子、そうはいないですよ」
「……よろしく頼む」
 俺は頭を下げた。




「そんなに頭を下げなくてもいいですよ。やっと恋人同士になれました。私嬉しい」
「……そっちじゃない。わざとやっているだろ、冴木」
「まぁ、冗談ですよ。それじゃあ、バイトも決まりましたし、ここはぱぁっと遊びに行きますか?」
「それで、デートは終わりってことでいいな」



「何言っているんですか、あくまでこれはお祝いで行くのであって、デートはまた別ですよ。先輩はそんなだから、色々な人から告白されても結局誰とも付き合っていないなんていう無様をさらしているんですよ」
「冴木、食堂でも聞いたが本当に俺のことが好きなんだよな?」
 冴木は満面の笑みを浮かべ話しかけてくる。
「もちろんじゃないですか。先輩の性格も含めて大好きですよ。悪いですけど、ぽっと出の他校の女子はもとより、ずっと前から先輩のことを大好きだっていう他の女子なんかよりも、私の方が先輩のことを理解していますし、先輩のことをあ……しています」



 最後の方は尻すぼみになって聞き取りにくかったが言いたいことは分かった。冴木の顔を見ると、真っ赤になっていた。
「大体ですよ、女にここまで言われて、何にも響かないなんて先輩枯れているんじゃないですか? 全く先輩、ちゃんとついてます?」
 赤ら顔になりながら俺の手を引っ張っていく。



「分かったよ。そうだな、今日くらい付き合ってやるよ。それで、どこに行く?」
「カラオケ、カラオケですよ。前々から行きたかったんですよ。私歌うの上手いですから、ラブソングで先輩を口説き落としてみせます」
 俺達はカラオケに行った。俺が歌い終わると冴木は涙をこらえながら、こう言った。
「……これは、ひどい。先輩って、結構残念スペックですね」



 ……それよりも俺は冴木の叔父さんの店で雇ってもらっている。俺がバイトの時は冴木も必ず店に来ていた。バイク屋といっても、そんなに大きな店ではなく、個人でやっているようだった。叔父さんは他店からのバイクの修理依頼もあって、それなりに忙しくしていた。それでも時折手が空くとジャンクになったバイクをいじらせてくれたりもした。それを見ていた叔父さんが俺に簡単な整備を教えてくれた。それからしばらくバイクを弄っていると本格的にやってみるかと言ってきたので、お願いした。


最期のカラオケのつなぎを変更する可能性あり。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。