僕と君は結ばれない②

 そうやって僕たちは、彼を死の未来から救い、彼女を孤独から救おうということになった。夏休み直前の出来事だった。彼は彼女から夏祭りに誘われていた。しかも八月十二日だった。僕の映像に映る彼女も浴衣を着ていた。



僕は、誘いは断るべきだ、そう言った。別に夏祭りなんて来年行けばいいだろう。この一年を乗り切れば来年は一緒に行けるんだから……。だけど、彼は聞きいれなかった。彼は、こう言った。もし、本当にお前が言う死がくるんなら、誰かがあいつを見てなきゃ、じゃないとあいつ車に轢かれてそのまま死ぬってことだろ。だったら、死を回避するためにも夏祭りにはいかなくちゃな。そうあっけらかんといった。


 僕は、念のために後ろからついてこいと言われていた。それから、待ち合わせの場所に彼女が来た。浴衣姿の可愛い彼女を見て、嬉しさよりも寒気を覚えた。何度も何度も彼と彼女から提供されてきた浴衣姿だ。色も全く一緒で、下駄も一緒。それに気合を入れてきたのだろう、いつもと違い、ポニーテールにしている。何から何まで一緒だった。


 僕は、彼に祭り当日にこの格好だったら、何とか彼女を引き留めて、家に帰すよう再三忠告していた。でも彼は浮かれ、そんなことはおかまいなしに彼女と笑いあっていた。彼が後ろを振り返り、電柱の陰に隠れている僕だけに分かるように親指を突き上げてみせてきた。


 僕は説得が出来たと思い、電柱から身を乗り出そうとしていた。だけど、彼は前に向き直ると嬉しそうに彼女の手を握り歩いていった。僕は、ほとほと怒りというのが湧いてくるのを感じた。それは、彼女が死ぬ目に合うのをどうでもいいと感じていることに対するものだと当時は錯覚していたが、後から思えばそうではなかった。


なぜなら、彼だって彼女を庇って死ぬことになるのだ。それなのにあの浮かれようはおかしかった。結局のところ、彼は根っこの部分では、僕の言うこと等、信じていなかったのだ。僕が嘘をついていて、今までのことは誰かに聞いて知ったにすぎない、そう思っているのだと感じた。だからこそ、あんな風に笑って夏祭りにいけた。友人に信じてもらえなかったことに対する怒りと命を軽視する彼に腹を立てていたのだと今なら分かる。



彼らは、嬉しそうに歩道を歩いていた。もう彼からの援助は期待できない。僕は予定を変更せざるをえなかった。当初、彼女がごねた場合も僕が飛び出し説得することになっていた。それでも祭りに行くことになった場合は三人で夏祭りに行くことにしていた。道路に一番近いところを僕が歩き、その隣を彼が歩き、一番遠いところを彼女に歩かせる予定だった。それに三人で手を繋いで歩く予定だった。そうすれば、道路から遠い彼女が死ぬ確率は下がり、手を繋ぐ力を強めにすれば道路に飛び出すこともない。僕が見た映像では彼女が道路に飛び出していた。



 彼が道路側を歩いて、彼女の手を引いていた。彼女が飛び出さなければ彼も死ぬことはない。僕がいないだけで当初の予定通りだ。そう思うことにした。だけど、いつでも飛び出せるように僕は彼らの近くを後ろからついていった。これじゃあ、まるでストーカーみたいじゃないか。僕は何だか悪いことをしている気分になり落ち込んだ。



 結局、何も起こることなく夏祭りの会場についた。彼らは楽しそうに出店の商品を購入していた。僕は、彼らの楽しさを目で追いかけつつ、パンチパーマのおじさんが炒めたぼそぼその焼きそばを食べた。なんだか、惨めな気持ちになった。本当は僕だって、父さんと母さんと夏祭りに行く予定だったんだ。それなのに……。彼らのデートは続き、タコ焼きを頬張り、お互いに食べさせあっていた。それに綿あめに射撃、輪投げ、ヨーヨー釣りと実に楽しそうだった。僕はといえばそれをただ眺めているだけだった。



時計を見れば、夕方の八時を指していた。彼らも十分に堪能したのか帰る準備をしていた。僕は好きな人が友人と楽しそうに笑うのを黙って見ていた。心がずきずきと痛んだ。それと同じくらい馬鹿らしいとすら思えてきた。


 僕は必死で二人を救おうとしているのに当の本人たちは、のほほんとしている。彼女は自分が死にかけることを知らない。だから、仕方ない。でも、彼は違う。彼も彼女も死ぬかもしれないと伝えた。


 ふてくされた気持ちで彼女たちの後ろを惰性で歩く。どんどんと僕と彼らの距離はひらいていった。それでも彼女の後ろ姿を見ていると少し気持ちが安らいだ。彼女は、祭りの間中、彼にプレゼントされたヨーヨーを愛おし気に眺め、上下に何度も弾ませていた。それは、本当に楽しそうで柔らかな表情だった。今ももしかしたらそうやって弾ませているのかもしれない。そんな彼女の笑顔を守れるならと、ふてくされて駄目になりそうな自分に活を入れた。


 気がつけば、道路側を彼女が歩いてるのに気が付いた。さっき横断歩道で右側に渡ったからだろう。さっきまで道路側だった彼が住宅街側へ行き、彼女が道路側に移動していた。


 僕は嫌な予感がした。対向車は来ていない。でも、もしかしたら……。僕は道路に飛び出し、自転車が走る白線の部分を全力疾走した。ふてくされていたせいで随分距離があいてしまった。間に合うだろうか。それに何もなくて追いついた場合、彼らに何と言おう。そんなどうでもいいことも頭に浮かんだ。僕が彼女の姿をとらえた時に、ヨーヨーが彼女の手から離れ、道路に転がるのが見えた。僕の視界に車の姿はない。対向車は来ていなかった。


彼女もそれは確認していた。そして彼の手を振りほどき、道路に飛び出そうとしていた。全力疾走している僕の体は悲鳴をあげていた。それでも走った。彼女が道路に出た。僕は彼女を歩道に戻すため、飛び込むように彼女にタックルした。彼女は突然現れた僕の姿に吃驚していた。彼も僕が現れたのに驚いていた。それからけたたましい音と共に軽トラックが、僕らの前方の住宅の塀に突っ込んでいった。


彼は背中から轢かれて死んでいた。それは最初対向車から彼女を身を守るために、そうしているのだと思った。


でもそれは違った。居眠り運転をしていたドライバーが左車線から中央分離帯を越えて、僕達のいる右車線側へ突っ込んできたのが原因だった。正直、確証なんてなかった。もしかしたら、別のところで轢かれる可能性も十分にあった。もし、あの時轢かれていなかったら、彼は嫌がるだろうけど、帰りは偶然出会った風を装って一緒に帰ろうと思った。それくらいはいいだろう。


僕は、先日退院したばかりだというのに、さっそく左腕を骨折した。彼女を突き飛ばそうとした時に、軽トラックのバンパー部分が当たっていたようだった。


腕を骨折したくらいで入院することもなかったのだろうが、両親は心配して僕を入院させた。また、脳の検査をすることになった。二泊三日が異様に退屈だった。両親と彼らの両親以外、僕のお見舞いには誰もこなかった。つまりは、あの二人は来なかった。彼らの両親はそのことで何度も僕に頭を下げた。僕自身は別にそのことを気にしてはいなかった。友人と好きな人を守れたという事が、なによりも嬉しかった。別に彼らに礼を言われたくてしたことじゃない。僕がしたかっただけだ。二人には生きて元気な姿でいてほしかった。



退院して、夏休みが終わるまで僕は両親から外出禁止令を出された。この短期間で二度も交通事故にあったのだから妥当な判断だと思う。あまりに暇すぎて死にそうだった。仕方なく、僕は手持ちのポケモンを全てカイリューにするという遊びで暇を潰すしかなかった。夏休みの宿題は全然する気が起きなかった。それに手が折れていて動かすと痛かったから仕方なかった。でも、ポケモンはできる。そういうものだ。



夏休みがあけて、登校初日僕がギブスをぶら下げて歩いていると彼が話しかけてきた。このころには能力は暴走することなく、僕の体の一部となっていた。

「おい、大丈夫だったか?」


 僕は、頷いた。彼の表情は硬く、何か言いにくそうな雰囲気だった。それから、お見舞いに行けなくてすまなかったと謝ってきた。僕は、気にすることないと、右手を振り大丈夫だと言った。それから、彼はまだ何か言おうとしていた。……じてやれなくて、悪かったな、そう言った。僕が聞き直そうとすると、信じてやれなくてすまなかったな、そう言って彼は走り去っていった。


 教室に入ると、彼女が話しかけてきた。助けてくれたのは嬉しいけど、こんなことはもうしないでよね、と怒られた。僕は、彼女の為に自分を犠牲にするなってことだなと思った。僕は頷いた。彼女の瞳は、烈火のごとく燃え上がり、僕に本当に怒っているようだった。そう、それならいいけどと彼女は僕から離れていった。


 それからしばらくして僕の周りから友人が離れていった。きっと、二度も交通事故に遭った僕のことを疫病神とでも思っているんだろうな、そう考えていた。


 そんな中、ミュウをくれるといった彼だけは僕と仲良くしてくれていた。それから、こんなことを聞いてきた。


「なぁ、最近お前運命の人とかそういうこと言わなくなったよな。もしかして、もう見えないのか?」


 僕は、見ようと思えば見えるよ、そう呟いた。そういえば退院してから、暇つぶしに両親に使って以来一度も使ってないなと思った。彼と彼女を救ったことで満足して、僕はそのことをすっかり忘れていた。


「なぁ、佐藤。俺にもう一度その能力を使ってみないか?」


 僕自身は正直興味が湧かなかった。命を救った、その事実に満足していたからだ。どうせ、続きを見たところで彼らが結婚するなり、なんなりするのだろう。誰が好き好んで、自分の好きな人が自分じゃない誰かといちゃつく姿を見たいだろうか? 残念ながら僕はそうではなかった。僕は首を振って断った。


「なぁ、なんでだよ。あれか、あの噂のことか。あれは俺じゃないからな。そのことで怒ってんのか?」


 疫病神と思われていることだろうかと思った。僕は首を振った。クラスメイトに直接そう言われたことはなかったが、それしか思い当たるところもなかった。ただ、能力を使うのが嫌だと言った。それから、彼は顔を合わせる度に、何度も僕に頼み込んできた。僕は何度も鉄の意思で断り続けた。そう、男子たるもの時に確固たる決意が必要なのだ。


「なぁ、そういえばあの日渡せなかったけど、お前が能力を使ってくれるならミュウやるぜ」


僕は三秒後には勢いよく頷いていた。鉄だって強い炎を浴びれば溶ける。ミュウの前では、僕の鉄の意思など簡単に融解する。これは、ただの科学反応なのだ。物によって、融点は決まっているのだからしょうがない。それが、今回はミュウに傾いた、それだけなのだ。


彼から提示された条件は二つだった。彼の運命の人を見ること、そして彼女の運命の人を見ることの二つだった。そして、それを彼に教えることだった。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。