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夏、友人、アイスコーヒー【ショートショート】

暑い夏の日に飲むアイスコーヒーは最高だ。
あちこち歩き回って汗をかいた日の午後だとなおさら。

「はあ…...暑い……。生き返るー……」
わたしはアイスコーヒーを思い切り啜った。
未だ外界の熱を纏った体内に、コーヒーの苦みと冷たさがじわりじわりと巡っている。

シブヤ=オシャレ=カフェにも関わらずただのアイスコーヒーとは、やはり気が引けた。
散々迷ったのだけど、経験則で夏のアイスコーヒーは無敵だと信じていた。
結果、大正解だった。

期間限定店舗でショッピングを楽しんだわたしたちは、やっとの思いでオアシス──休憩できるカフェに辿り着いたのだった。
といっても、わたしは友人のノゾムの後をついていっただけ。
いつも引っ張ってくれるのは、ノゾムだ。

「何とか入れてよかったよねー。
にしても毎年毎年こう暑いと嫌になるなあ。太陽さんは加減というものを知らないのかね、ってね」
ノゾムが口を尖らせながら言う。
わたしが見つけられなかったセルフサービスのお冷を、わたしの分まで持ってきてくれていた。
「あっ、ありがとう。ほんとそれ。化粧も全部流れ落ちるし……。
それ、何頼んだの?」
途中まで言って顔をまじまじと見られそうでこっ恥ずかしくて、話題を変えようとする。
己の顔面はたいそう悲惨なことになっているのだろう。
対してノゾムは暑そうな顔をしているものの、きれいだった。
一般人の中で人の顔が良いとか悪いとかよくわからないけど、良い方なんじゃないかなと思う。

「ん、ああ、チャイラテだよ。
最近なんかハマっててあればどこでもこれ飲んでるんだよねー。 職場の近くにスタバあるからちょくちょく行ってるし」
やわらかなミルクブラウンがなめらかに波打つ。
わたしはアイスコーヒーにガムシロップを少しだけ注いだ。こぼれないように。
「ふーん、そうなんだ。今度飲んでみようかなー……」
口先だけの言葉を並べていた。
実際に一人でチャイがあるようなカフェにはあまり行かないし、その少ない機会で夏ならアイスコーヒー一択。
"今度"は季節が変わった後の話になりそうだ。
気にしない人であれば、一口分けてもらったりするのかもしれない。
ただわたし、そしておそらくノゾムも他人の口移しを気にする部類の人だった。
ふいにノゾムの唇を見てしまう。薄くて平べったくて、整っている。今は羨ましい気持ちが多い。

わたしは何も言わない。


いつものように、ノゾムはよく通る声でいろんな話をする。
仕事であった面白い話、一昔前のアニメ、話題のミュージカル、ニッチなスマホゲーム。
それから将来のこと。わたしやノゾムは趣味に生きるタイプだけど、それなりに未来が不安になるときもある。

ノゾムは親から結婚はまだか、良い人はいねが、とせっつかれているらしい。
くどくどと、の副詞が似合いすぎる愚痴たちに、この人も大変だなあと月並みな感想を抱く。
「大変なんだね。でも、ノゾムもそうしてちゃんと考えてるのが、すごいなあ。 わたしにはとてもとてもできそうにないし……だよ」
半分尊敬、半分後ろ向きな心の声が漏れ出たらしい。
だんだん何を言っているかわからなくなって語尾が小さくなるけど、わたしの話すターンは終わりであることを示すために言い終わる。

「……ふうん? お手洗い行ってくるね」
ノゾムが何か言うかと思ってドキドキしてたけど、あっけなくトイレへ吸い込まれていった。
こちらをじっと見つめた瞳は世界を鮮明に映していた。けれど同時に怖くもあったのだ。
わたしの本心、わたしさえもよくわかっていないノゾムへ向ける感情を見透かされそうで。


ふう、とすっかりぬるくなったコーヒーで一息つく。
ぬるくても、薄くなってもアイスコーヒーはアイスコーヒーだし、たまらない。

ノゾムはいつも頼りになって、きれいで、よく世界を知っていて尊敬するけれど、同時に羨ましくて仕方がないときがある。
そしてなぜわたしと一緒にいてくれるのか。
案外理由はなく、長い付き合いで形成された慣れみたいなものなのかな。
一緒にいてくれるなら、もっとわたしの話、聞いてほしいけどな。
でもわたしが話そうとしたら黙って聞いててくれているし、それで十分かもしれない。

程なくして戻ってきたノゾムは相も変わらずよく喋る。
しょうがないなあ。
アイスコーヒーの水滴をウェットティッシュでせっせと拭いながら聞く。


「あ、外もう夜だしぼちぼち出ようか。最近日も短くなったなあ。
……まあ夜はまだまだ長いんだけど。」
あ、じゃなくてほとんどノゾムが話していたのだけれど。付き合ったわたしも同罪か。
窓の外では渋谷の夜が始まっていた。
ノゾムの言ったように、夜はまだこれから。

アイスコーヒーはすべての氷が解けきって、ほぼ水。
ストローと蓋を外して、カップごと一気に飲み込んだ。
これもまた、最高なアイスコーヒー。



***

夏に飲むアイスコーヒーが好きです。

企画「文脈メシ妄想選手権」に応募しようと書き始めたものの、締め切りに間に合わず…無念。
しかし私にとって小説を書くきっかけとなりました。
素敵な企画をありがとうございます!


小説って難しい。いつもの頭と違う部分を使うようでもどかしい。
でも、書いているときは別の世界に行けるから楽しいかもしれない。


ここまで読んでくださりありがとうございます。 スキやコメント、ツイートしてくださるとこっそり大喜びします。