「珍しい名前ですね」。ネームプレートを見掛けて、声を掛けた。「芸人みたいな名前」。深夜1時を回って、でもさっきまでの仕事の余熱で眠気は感じない。
「親戚以外では見たことのない名字ですね」と若い男がいう。「実は僕、お笑いやってるんですよ。タクシーとどっちが本業か、怪しいですけど。
もういい年で、この辺の道ばっかり覚えて、お笑いの方は、パッとしなくて。もういい年ですし。夢なんか、見てなきゃいいんですけどね」。
手慣れた手つきで車を路肩に寄せ、そういう。夢の途中で行き暮れている彼と、夢もなくて残業続きの私と、どちらが幸せか。支払をしながら、考えた。