T君に「御報告がありまして…」と切り出されて、私は、身構えました。「来月で店を辞めるんです。年齢のことも考えて」。案の定、T君が打ち明けます。
馴染みの客とはいえても、T君に対する私は、他人行儀でした。幼い頃から体得した人間関係への防衛本能が邪魔をして、むしろぶっきら棒に接してきました。
「今まで丁寧な仕事をありがとう」「これからどうするの?」。いいたい言葉は何一つ継げず、ただ彼の言葉を受け止めていました。彼は、確か28歳です。
「こんな若い人がキャリアデザインに悩んで辞めていくって、どんなカイシャだ」。せめて、そうやって憤ってあげればよかった。帰り道で後悔しています。