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そこに音楽は流れる

じゃりン子チエの「ツ」って…と言いかけて「”テ”や」とアクセントを直されたことが何度かあるのは、関西弁が母語ではないせいでもある。
いまだに「物をなくした」が十割「どっかいった」と言われることに「付喪神信仰か?自分が”どっかやった”だろ」と思うし、「松茸」を「まったけ」とちぢめることに「”プラッチック”と同じか?」、「お好み焼き」が「お好み」に変化することに「たこ焼きは”たこ”とは呼ばないのに、四文字以上口にするのは面倒なのか?」と不思議に思う。
なかでも「どつく」「しばく」「どつきまわす」「しばきまわす」等、活用形にも似た変化があるのが分からなかった。怒りの程度でいうと、どれが強いとか弱いとかあるのか。仮にgood、better、bestに並べ替えるとしたら、どれが最も強いんだと何人かに聞いた。
「そんなん考えたことないわ」「本気で怒ってたらくどい言い回ししてる余裕ないと思うから”どつきまわす”が最上級ということは、まあ、ない」「怒りの程度は、単語ではなく言い方がきついかどうかで表現される」「前後の会話のリズムで"言いやすい"のが選ばれていると思う」
これもまた「焼き」が切り落とされたのと同じく「言いやすい」「口にして気持ちがいい」「リズム」が重視されたからだったのかと、わずかに理解が及ぶ。

モノノケソウルフード」というバンド×大阪メシ漫画を連載で読んでいた時「確かに登場人物がそのへんを歩いていそう」という印象が強くあった。
実際に存在する店の名前を出しているからだけではなく、このエリアで、音楽をやっていたとしたら、遅くまで開けているのはこのあたりで…という動線に説得力がある。なんばで角を曲がったら、そのうち似たひとにすれ違うんじゃないかとすら思える。

(第1話の表紙でベースが手に持っているのは、間違いなくアルションのクレープだ)

ある日、そこそこ混んでいる店に後から入ってきた、バンドをやっているらしき二人連れが入ろうとして店主に掛け合う。
「(楽器を置いて)いっすか?」
「いいわけあるか!千日前通に置いてこいや」
「えええ~~~!秒でパクられる!」
「しゃあないな、そのへんに置いとき」
文字で見ると、むしろ意地悪でもしているのかという感じに読める。
始めから店主の顔は笑っていて、言われた方も笑っている。あっさり了承しても面白くないから、結論が知れた応酬そのものを楽しんでいる。
関西弁に疎くても、意図ははっきりしていた。

店内はいつも明るく、ほがらかな雰囲気がある。
立ち飲みで「店や料理は好きでも、いまひとつ隣の客と相性が合わない」ということもある。ここで隣り合わせる人たちは、どのひとも会話のリズムが良くて唐突さがない。

店主が高知出身だからと日替わりでカウンターに並ぶ柑橘のサワーはナカがおかわりできるのに、パリッとした皮までつい全部食べてしまって、二杯目はプレーンになることが多い。

土佐の仏手柑サワー(掌みたいな仏手柑とは別らしい、青みかんとすだちとレモンを混ぜたような複雑さがあって、最後に花が香る)

燻製は黙ってても美味しいとしても、うずらの卵の黄身が何でとろっとしてるんだろう…と思ったら、フライヤーで一度油をくぐらせてる。白身と固まる温度が違うから、白身はそれ以上固くならずに、黄身がいい感じになるんだと聞いた。うずら卵の燻製に、そんなひと手間かけてるのを初めて聞いた。


〆に一人で食べるにはちょっと多めの、ふつうに一人前ある中華そばもクラシックな醤油味で好き。

偶然にも隣合わせたひとたちが皆、一回限りの会話のやりとりを楽しんでいて、あー楽しかった!と帰ること。ひとに勧めたとして、全く同じ体験があるわけないにしても、同じ質の「楽しさ」は伝わるだろうと期待ができること。それ自体がライブみたいなところがある。

関西が舞台になっている「コーポ・ア・コーポ」という漫画について「関西弁のニュアンスがわからないから、こんな言い方するんだ、とセリフについてわからないこともある、でもそこも含めて面白い」と言っているひとがいた。

ここの店の店主は「ひさしぶり」という意味で「おーーーーー」と言う。
(見て、聞いていたら意味はわかるとしか言えない)

別で知り合ったひと(ドラマー)が「歌詞がいい、という理由をあげて曲を誉めるひとがいるけれど、よくわからない。それなら詩を読んでいればいいんじゃないか。自分が好きな井上陽水の曲で"ドアノブは金属のメタル"という歌詞がある。読むと何を言ってるのか意味がわからない。でも、音楽として、陽水のあの声といっしょに聞いたら、はっきりとイメージが浮かぶ。音楽ってそういうものじゃないか。『少年時代』を聞いたひとが思い浮かべるのが、みんな同じ”あの頃の夏”のイメージであるように」と話していたことも思い出す。

マルキュー食堂(GoogleMaps)
大阪府大阪市中央区千日前2丁目1−3

※「(楽器を置いて)いっすか?」と言っていたドラマーは、私の隣にいた一人客が帰った時に「えッ、ツレじゃないんすか!??」と言うタイミングが面白すぎて飲んでいる間に話した。知らないひととくくられるのは場合によってはいい気はしないはずなのに、すべてはタイミングである。
Instagramを交換してなんとなく行動範囲かぶるなーと思っているうちに、最近、曲を配信しはじめたのを知った。
一回しか会ったことないのに、面白いなと思っている。

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