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国際会計基準(JMDC) VS 日本基準(MDV)とEBITDA

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ここから本文です。

JMDC(4483)とMDV(メディカル・データ・ビジョン)(3902)を比較していると、気になる点があります。
会計基準の違いです。

JMDCは国際会計基準を採用しており、MDVは日本基準を採用しています。
両会計基準は、似通っており、少なくとも個人投資家が投資する際に、この会計基準の違いを気にするべき場面はほとんどありません。

ほとんどありませんが、稀にあります。
それがJMDCとMDVのケースです。

1.JMDCはM&Aも利用して成長

JMDCは、大規模なM&Aにより成長を志向しており、MDVは、資本業務提携などによって緩やかに協力関係を構築しながら成長を志向しています。

JMDCは近年、特に印象に残るM&Aを実施しています。
2022年にリアルワールドデータ社(RDW社)を子会社化しています。金額は非公開ですが、約200億円と推定されます。

では、リアルデータワールド社の業績はというと、当時のIR資料から抜粋すると次のようになります。

リアルデータワールド社の業績の推移(IR資料より)

売上5億6800万円、営業赤字3億3700万円、純資産8億1500万円です。
この会社を約200億円で買収したわけです。
それだけリアルデータワールド社が保有する無形資産に価値を認めたということだと考えられます。

ここで話として取り上げたいのは、この金額の妥当性ではなく、このM&Aにより発生する約200億円の「のれん」についてです。

純資産8億円の会社を200億円で買収した場合、その差額192億円(200-8)がのれんとして、買収した会社であるJMDCの貸借対照表に記載されることになります。
ここでは、金額が概算であることから、分かりやすいように、のれん200億円が発生したものと仮定して、書き進めます。

2.営業赤字、純資産8億円の会社を200億円で買収する理由?

そもそもJMDCが、営業赤字で純資産が8億円しかないRWD社を、なぜ200億円も出して買収したのでしょうか?

当時のIRを見てみましょう。

2022年7月12日のIRより

ポイントは、
・RWD社が、一般社団法人健康・医療・教育情報評価推進機構(HCEI)と連携し、自治体から学校健診情報や乳幼児健診情報を、医療機関から医学的な信頼性の高い診療情報を集積し、経年での疾患の因果を明らかにするなど、疫学的アプローチで医療の進歩につなげる「ライフコースデータベース」を構築しており、その独自性が強い。
・データホルダーであるHCEIの保有する医療機関225施設、自治体数162自治体のデータにアクセスが可能。
・JMDCとしては、データアセットの拡充と、データ利活用のポテンシャルをさらに高めることが可能。
ということです。

つまり、データベースそのものや、構築した入手経路などに価値があり、JMDCとしては、それは200億円出しても見合う、と判断したものと考えられます。

3.のれん200億円が決算書に与える影響は?

それでは、この買収に伴い発生したのれん200億円は、JMDCの決算書にどのような影響を与えるのでしょうか?

前提として、JMDCは、国際会計基準(IFRS)を採用しています。

・貸借対照表に「のれん 200億円」として計上される
・損益計算書には、原則として、特に記載されない。ただし、のれんの価値が毀損したときには減損損失が発生する
という影響になります。

つまり、BSに資産が増えるだけで、PLへの影響はない。ということです。

それではもしも、同じ買収をMDV社が実施したら、決算書への影響はどうなるのでしょうか?

4.もしもMDV社が買収したら?

そんなの、JMDC社と同じじゃないの?と思われるでしょうが、実は違います。

MDV社は、会計処理について日本基準を採用しています。

日本基準においては、のれんは毎年償却します。

MDV社の有価証券報告書(2023年12月期)を見てみましょう。

MDV社の有価証券報告書(2023年12月期)より

のれんは5年から10年間の定額法により償却しております。とありますね。
つまり、200億円ののれんは、5年から10年の期間にわたり、毎年均等に償却していくのです。
償却する、というのは損益計算書に費用として計上するということです。

それでは仮に10年で償却するとしましょう。

200億円を10年間で償却するのですから、
200億円÷10年間=20億円/年
となります。
毎年、20億円の、のれん償却費が損益計算書に計上されるのです。

類似企業であるJMDC社とMDV社が、同じM&Aを行ったとしても、会計処理が全く異なり、損益計算書も全く違うものになってしまう、ということです。

投資家にとって、なんとも不便で不親切な状況ですよね。

5.EBITDAとは?

そこで登場するのが、EBITDAです。

EBITDAは、「イービット・ディー・エー」「イービッター」「エビダ」と発音されることが多いです。
Earnings Before Interest Tax and Depreciation Amortizationの頭文字を取ってEBITDAです。
日本語にすると、
「利息、税金、減価償却、無形資産償却をする前の利益」
ということです。

決算書に記載されている純利益または営業利益から、EBITDAを計算するのですが、せっかく純利益・営業利益を計算しているのに、なぜわざわざEBITDAを計算するのでしょうか?
EBITDAの目的は、企業の真の稼ぐ力を評価することにあります。
そのためには、「利息」「税金」「減価償却」「無形資産償却」が邪魔だからです。

ここでいう利息とは、銀行や社債に対して支払う利息、支払利息を意味しています。
支払利息は、有利子負債が多いか少ないかによって、その金額が変わります。有利子負債が多ければ、支払利息は多くなり、結果として純利益は減少します。有利子負債が少なければ、支払利息は少なくなり、結果として純利益は多くなります。
ところが、有利子負債が多い、少ない、と企業の本業の実力とは、本来関係がないはずです。
本業の実力がまったく同じであっても、資金調達方法が有利子負債重視であれば純利益は少なくなり、資本重視であれば純利益は多くなります。
このように支払利息は、本業の実力を見えにくくし、企業間比較をやりにくくなります。
そこで、Earnings Before Interest を計算するのです。

税金は、どうでしょうか?
日本国内においては、大企業と中小企業で適用される税制に違いがありますが、上場企業に関していえば、ほぼ同じ税制が適用されています。
ところが、企業の国際間比較をしようと思うと事情はかわります。
国によって法人税率等に差異があるからです。
このため、本業の実力が同じでも、法人税率の高い国に本社のある企業は法人税等が多くなり純利益は少なくなります。逆に法人税率の低い国に本社のある企業は法人税等が少なくなり純利益は多くなります。
このように企業の国際間比較をしようと思うと、税金の存在が、企業間比較をやりにくくするのです。
そこで、Earnings Before Tax を計算するのです。

減価償却費はどうでしょう?
減価償却費は、資本集約的な事業では多額になり、労働集約的な事業では少額になります。また、資本集約的な事業でも更新投資が少なくてすむ場合には、徐々に減少していくことになります。
このような事業特性の影響を除外して、企業の現金創出能力を比較しやすくします。

無形資産償却費はどうでしょう?
無形資産償却費の主なものは、のれんの償却費です。
先述の通り、のれんについては、会計基準によって償却する、償却しない、があり、それによって利益が大きく変わる可能性があります。
IFRSならば、のれんは償却しない。よって利益は大きくなる。
日本基準ならば、のれんは償却する。よって利益は小さくなる。
ということです。

のれんはM&Aに伴って発生しますが、M&Aを行うかどうかは企業によって様々です。
常にM&A先を探している企業もあれば、話がくれば検討する、という企業もありますし、オーガニック成長にこだわる(M&Aは原則として実施しない)、という企業もあります。
常にM&A先を探している企業にとっては、IFRSを採用し、のれんを償却しないようにしたいでしょう。
そういう目で上場企業各社が採用している会計基準を見てみるとおもしろいです。M&Aに積極的な企業の多くは、IFRSを採用しています。

このように、のれんの償却に関して、会計基準の違いによる影響を排除するために、Earnings Before Amortization を計算するのです。

6.EBITDAを比較する

それでは実際にEBITDAを比較してみましょう。

まずJMDCの損益計算書を見てみましょう。(2023年3月期)

決算短信より

EBITDAとは、どれでしょう?
Interestは、金融費用に含まれていると考えられます。
Taxは、法人所得税費用ですね。
DepreciationとAmortizationは、ここからは、わかりません。
当期利益に、金融費用と法人所得税費用を足します。
金融収益についても本業とは関係ないので、除外しましょう。
そうすると、営業利益になります。
この営業利益にDepreciationとAmortizationを加算します。

それではこれらの数値はどこを見ればわかるのでしょう?
意外なことに(?)、キャッシュ・フロー計算書を見れば、わかります。

決算短信より

「減価償却費及び償却費」がこれにあたります。
実際には、JMDCは、のれんは償却しませんから、それ以外の無形資産の償却費がここに含まれていると考えられます。

要するに営業利益5,926百万円に減価償却費及び償却費2,016百万円を足した、7,942百万円が、EBITDAとなります。
数字を見つけるのは難しいですが、計算は簡単ですね。

ついでに営業利益率と、EBITDAマージン(EBITDA÷売上高)を計算しておきましょう。
21.3%と28.6%です。

続いてMDV社も見てみましょう。

決算短信より

営業利益から始めましょう。
営業利益は1,770百万円です。

余談ですが、上場企業は決算書を千円単位または百万円単位で表示します。
ただ、実際には百万円単位で表示すれば、投資家にとっては十分です。
千円単位で桁数をたくさん表示されても、数字は読みずらいし、百万円単位の企業と比較しにくいし、企業にとっても作成・チェックの手間が増えるし、なにもいいことがないと思います。
全上場企業、百万円単位に統一してほしいところです。

ここにキャッシュ・フロー計算書から見つけた償却費を加算します。

決算短信より

MDV社は、日本基準を採用しているので「のれん償却額」がありますね。
営業利益に減価償却費48百万円とのれん償却額53百万円を足すと、
EBITDAは、1,871百万円となります。

営業利益率は27.6%
EBITDAマージンは28.3%
です。

以上まとめて表にしてみましょう。

営業利益率を比較すると
JMDCが21.3%に対してMDVが27.6%となっており、
MDVの方が収益性が高く見えます。

ところが、減価償却費、のれん償却額を加算した後のEBITDAマージンは、
28.6%対28.3%で、ほぼ同水準です。

当初、分析を始めたときは、のれんの償却のないJMDCの営業利益率の方が、MDVと比べてかさ上げされているのではないか?という仮説を持っていましたが、実際は逆でした。

JMDCは、のれんは償却していないものの、それ以外の償却が多額であり、営業利益率は低く見えていました。
逆にMDVは、のれんを償却しているものの、その額はそれほど大きくないうえ、減価償却費も少額でした。結果として、営業利益率とEBITDAマージンはほとんど同水準となりました。

数年後、JMDCの償却費が減少していくと、営業利益率でほとんど同水準になると予想できます。

このように、償却費の多寡により、利益や収益性の実態を比較するのが難しくなっていることがあります。
そんなときにEBITDAやEBITDAマージンを利用することで、両者の真の実力の比較を行うことができます。
真の実力、というのは言い過ぎかもしれませんね。
多面的に企業を分析することができます。


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