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嘘か真実か

お題……鏡

 疲れたよ! 腹立つ会社だっ。
馬鹿にするな辞めてやる!
と言いたい所だが、この四十を前にしたよれよれ男が次見つけるのは至難しなんの技だ。
 畜生! 午後はさぼる! 映画でも観るかな……うん? そう言えばさっき、リラなんとかのチラシ貰ったな。俺は上着のポケットを弄る。あった。これだっこれ。
雑に突っ込んだチラシ取り出して
デカい文字だけ拾った。
 お心も、お身体もリフレッシュタイムを欲っしているあなたに
当店で夢のようなお時間過ごされてみてはいかがでしょうか? 
今月は無料体験をご提供させて頂いております。
皆様のおいでを心よりお待ちてしております。
タダが良いですね。でも、タダより高い物はないと先人はいっておりますよ? だがリラックスしたい! 冴子が今朝言ってたのはこれだな。うちの会社近くに出来たリラクゼーションルームが評判良いとか何とか話していた。
殆ど聞いて無かったからな。
ほんと最近会話もないし、なんと無刺激な生活為てるんだ。まあ俺はいい感じな部下を愛でる楽しみがあるからな。口には出さなずに
深く静かにだよ。セクハラなんて言われたら目も当てられない。

それはそうと、会社を通り過ぎて、二本目の道を右に曲がると……チラシで確認する。
えぇっと、おぉここか。
古ぼけたビルの入り口に立つ小太りの紳士が、やけに馴れ馴れしく微笑みかけてきた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、どうぞ」
穏やかな口調の割に、腕をガツと掴み店の中に引き入れられた。
 中はアンティークショップみたいな雰囲気。中央にでかい鏡がある。
 あっ! えっ? 鏡に映っているのは俺たちの部屋だ。振り返ると何も無い。さっきの紳士が笑っているだけだ。 
ぅ! 声が出ない。何故? なんでそうなるんだよ! おい!
なんか怖い……怖すぎる。
 突然部屋が暗くなった。
ギャッ! あっ、冴子! おっ お帰り。 何々! どうした? 泣いているのか? 鏡を叩くが、気づかない。 良いよ良いよ無理するな。飯の支度なんてしなくて良いから! 帰ったら話聞いてやる。
背後から聞こえる女の声。振り返るが誰もいない。
今は冴子だっ。俺は冴子を目で追う。暫くソファにうずくまっていたが、立ち上がると寝室へ入って行った。部屋着に着替えた冴子は、洗面所から戻るとそのままキッチンで料理を始めた。今夜はなんだろ? とにかく無理するなよ。
 テーブルに置かれたフォークが、パスタだと教えている。
ペスカトーレだと嬉しいんだがなぁ。冴子のペスカトーレは美味い。なんだ? 誰か背後にいるのか? 気持ち悪っ、おっ! お前……いつ帰ってきた? お前は……俺だ。なんだしけた面していやがる。冴子は気がついていない。
 えっ? お前は声かけないのか? 俺は黙って書斎に入り、着替えを済ませると、面倒くさそうにキッチンに向かって声をかける。びっくりした冴子は、作り笑顔で頷き、そして小さく溜息をついた。悲しそうな冴子。
 俺は出されたものを、黙々と食べ終える。
「美味しかった?」
「まあな」
その後は気まずさと言う重しが残るたけだ。
笑い声が聞こえる。かんに障る声だ。本当になんなんだよ! って言うか、お前! お前! いや俺だよ! もっと気の利いたこと言えねぇのかぁ? 疲れて帰ってきた冴子が、好物のペスカトーレ作ったんだぞ。もっと有り難がれよ。
まずい、携帯が雪だと唸っている。
鏡の中の俺は、シレッとしている。別に怪しい関係ではない。
他の部下より少しだけ可愛がっているだけだ。本当にそれだけだ。
冴子! こっち見ろよ! おい!  

黙って書斎に入る俺の背中に向かって、明るい声が追いかけてくる。
「後でお茶持っていくね」
俺は返事の代わりに、部屋の扉をバタンとしめた。
冴子は下を向いたままだった。
俺は……俺は……冴子! 冴子!
「如何してこうなったのかなぁ。
どこで間違えたの……私たち」
そう呟やく冴子を笑うかのようにあの声が耳に響く。
煩い! 黙れ! おい!お前!
俺だよ! 俺! 何故優しい言葉かけられない? 冴子を泣かせるなんておかしいだろう? 鏡を幾ら叩いた所で、この状況は変わらない。苛立ちと後悔に苛まれるだけだ。今すぐ抱き締めたいんだ。
冴子! 泣かないで!。
 こんな所でグズグズ為てられない。出口、出口、あれ? 扉が見当たらない! ああぁ狂いそうだ。見てられないよ。
 冴子はキッチンの片づけを終え、そそくさとシャワーを浴びてリビングに戻ってきた。
そして、俺の為にお茶を入れている。
「お茶持ってきたよ」
「そこに置いといて」
「うん……お休み」
返事は無い。 
ドアも開けないのか? 辛い……なんだ……これ? 俺たちって今こんななのか冴子? 寝室の中が見える。ベッドに散らばるのは写真か? 破り損ねた一枚が鏡に映り込む。俺は驚愕きょうがくした。浮気の現場……証拠写真だ。ラブホから出て来る俺と雪。ない。ない。俺の妄想なんだ……。
でもな、毎日こんな調子なら疑うわ。そうか、だから泣いていたのか。話したい! ちゃんと話したい。
聞こえる。遅い遅いって泣いてる声が。止めてくれ!止めろ!。
愕然としている俺の肩を叩いた紳士がにっこり笑う。
「如何でしたか? リフレッシュして頂けましたか? 真偽の鏡」
俺は慌てて鏡のキャッチコピーを見る。
「特価! 鏡に映る世界は嘘か真実か? 少し先が見える? それとも今を写す鏡か! なんと今なら五万円」
えっ? 俺意識が飛んでた?
あ~あ~あまりの社畜に我慢できずこんな所でさぼっていたことを思い出した。
「有難うございました!またのお越しを……」
店を飛び出すと携帯が鳴る。
雪だ。
「課長! 今晩大丈夫ですか?」
「後で話そう」
俺は大急ぎで会社に戻った。

 売り場の鏡がガダンと揺れた。
「さて、このような演出でよろしかったでしょうか?」
「有難うございました! これであの人も、優しい旦那様に戻ってくれると思います。きっとその筈」

 雪は事務所の前にいた。
「課長~今日行けますよね」
「こんな所で話せないから」
「課長? どうしたんですか?
課の飲み会の話ですよ」
「雪ちゃん、なんか俺に言いたいことある?」 
「はぁ? 別に何も。あっ!今日の課の飲み会に、課長カンパして下さいね!それと雪ちゃんはアウトですから!雪田ちゃんでお願いします~」
「お~悪い悪い。それと勿論カンパ任せろ! でさ、俺乾杯だけしたら悪いけど失礼するな。かみさんと約束しててさぁ」
「どうぞどうぞ~そちら優先で!」
 やっぱり俺の心の中があの鏡に。俺の妄想まで写し出すなんて……いやいやあり得ない。それこそアウトですから! 
俺は飲み会に顔を出すと、急いで花とワインを買い、そっと部屋の鍵を開ける。
 おぉニンニクと魚介の香りだっ。堪らん! ドキドキするぞ。
「ただいま冴子!」
キッチンから顔を出した冴子は、少し驚いた様子だったが、すぐに満面の笑みに変わった。
「いつも有難うなぁ。これ……」
もじもじと花を差し出すと、
「わあ素敵なお花ぁ。有難う慶ちゃん!」
 俺は、プロポーズ以来の照れ臭さがだだ漏れだった。
「冴子大好きだからな! 俺を信じろよ」
「判ってる……でも言葉にして貰えて千倍嬉しい!」
「おぉ。ところで今パスタ茹でてる?」
「まだ、これからだけど?」
よっしゃ!
「では一戦交えましょうぞ」
「ふふ。受けてたちましょ」
それからン時間後。
遅いディナーを食べながら、
幸せを噛み締める俺だった。


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