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俺からの贈り物

 私は、恋人の景にいつだって苛ついている。
優しいんだよ。そう絶対的に優しいんだよ。判っているの。
そんのなこと百も承知なんだけど。顔見てると、どうしようもなく苛々する。

 私たちは、共に二十五才。
景はサラリーマン。
私はダンサー。
出逢いは高校三年だった。

 きっかけは、朝食を抜いて授業中、貧血で倒れた私を保健室まで運んでくれた。保健委員だから
と言いつつ、帰りも心配だからと自宅まで送ってくれんだ。
 まあ、そこから親しく話すようになって、ごく自然に付き合ようになった訳。
 当時から景はなにも変わってない気がする。
うん、絶対に変わってない。
 いつだって私優先なんだ。
そんなこと頼んだ事無いのに。
普通にしてって、何回も言ってるのに、笑ってばかりでてんで取り合ってくれないのが、無茶苦茶頭に来るの。喧嘩だって、あったかも知れないけど覚えてないレベル。
景が怒ったところなんて見たことないもの。
 それが最近、物凄く嫌なんだ。  
周りは私が景に、これ以上何を望んでいるのか判らないと半ば呆れられているけど。
普通に、喧嘩したり、嫉妬したり、泣いたり、笑ったりしたいだけ。
そりゃもちろん、景といるのは楽しい! それは間違いなよ。
それに私は、途轍もなく景を愛してる。
 でも昨日だって、ドタキャンしたのに笑って次な、だって。
断った方が寂しくなるって、如何なの? それを愚痴っていたら、余りにも景を悪く言い過ぎるって、親友の頼子に叱られた。
「あのさ、聞くに堪えない! 景くんが可哀想でしょ!」
「何でよ。景は私が何を言っても、良いよ~判った~了解~仕方ないね~の単語しか言わない! 怒りもしない。ドタンキャンしたって……判った~仕事頑張れ~で終わりだよ。なんかさ、上手くあしらわれている。それが私の神経を逆撫でするの!」
頼子は、まくし立てている私を、ジッと見ている。
「なんか言ってよ……」
「へえ? なんにも言えなよ……それだけ理解してくれている男なんていないでしょ? 隆なんかドタンキャンしたら、大騒ぎだよ! なんか奢れとか、馬鹿でしょ?」
「そう言うの羨ましいなぁ」
 私たちはそんな話をしながら、稽古場を出ると、お~まるでタイミングを見計らったように、私の携帯が鳴る。
「うん、今終わった。えっ?うんうんじゃぁね」
「景くん? 何だって?」
「ご飯作ってあるから、おいでだってさ……」
「良いね~気の利く男! 羨ましい。いっそ交換する? なんちゃって。あっ!隆!」
頼子の声がワントーン上がった。
手をふる方を見ると、隆がダッシュしてくる。
「お疲れさま頼子! あっまひるちゃんも~」
思いっ切り付け足しじゃない?
「はいはい~どうせ見えなかったんでしょ! ご馳走様。明日は、休みだからねぇ、へへへ」
「あほ~そっちこそ! じゃあね! 景くんによろしく」 
頼子たちのじゃれあう後ろ姿を見送り、私は地下鉄に乗ると、景のマンションに向かった。
「ただいまぁ……良い匂い! 特製カレーだ!」
「お疲れさま! 正解! まひるの好きな俺特製カレーだよ。早くシャワー浴びておいで」
「うん!」
「あっ! 待って」
振り向きざま抱き寄せられた。
「お帰りのキス」
なんて云われたら私は、一瞬で蕩けそうなる。
 ああ~大好き景! おっと危ない!気を取り直し、
「シャワー浴びる」
ぶっきら棒に反応する自分が可愛いくないのは判っているんだけど。最近の苛々がそうさせる。 
 シャワーから出て、リビングに行くとテーブルの上は準備万端整っていた。
「何飲む?」
「景は?」 
「俺は……赤を少し」
「私も、おそろ!」
「うん……可愛いなぁまひる」
 私たちは、会社のこと、今度の舞台のこと、頼子たちのことなどを話しながら、ゆっくりと、久しぶりに楽しい夕食の時間をに過ごした。
 片付けを終えて、ソファでまったり為ていたその時、
「まひる? 今日何の日か判る?」
お~これ駄目な奴だ! 記念日的なものに無頓着な私は、
「えっと、えっと……」
「八月三日は?」 
「景の誕生日」
「正解。六月八日は?」 
「ふたりのお付き合い記念日?」
「正解。じゃあ今日は?」
「九月二十日。お~私の誕生日!」
 景はプレゼントと言って、淡いブルーの封筒を差し出した。
私は封筒を受け取り、中から便箋を出した。
「手紙? 初めて貰うね」
「そうだね……カードはあるけど」
 景はほんとに優しく笑うんだ。
私は、景の腕の中で手紙を読み始めた。
「まひるへ。
 二十六才おめでとう。
僕たちは何と、今年で八年目に突入します。今まで楽しく過ごさせて貰って有難う。感謝してるよ。 
 まひるは、自分のやりたいことを仕事にして頑張っている。
其れは、僕にとって物凄く誇りです。好きな事でもお金を稼ぐとなれば、並大抵な事ではないと思うよ。 仕事は全てそうだ!とは思うけど。でも自分の肉体を使って表現することに妥協は許されない。そんな厳しい世界にいる恋人を、どうしたら支えられるか。
僕は、僕なりにずっとずっと考えている。今はまだ、答えは出てないけど。
だからね、今まで僕が心がけていたことを書くよ。 
笑うなよ!
一 我が儘は言わない。
二 寂しくてもそれを言わない。
三 気持ちが治まらないときに使う言葉を決める。
 了解~良いよ~仕方ないね~判った~頑張って~次楽しみに為てる。
この言葉で、取り合えずまひるに、負担をかけないでいられると思っていた。
何しろ、嫉妬したって敵う相手ではないからね。
それでも、どうしても我慢できなくて、部屋の壁に穴を開けたこともあったけども、まひるにとって良き恋人でいたかった……
 然し!本日をもってそれは返上します。
そして改めて、ジェラシーを発動する恋人の景として、よろしくお願い致します。
 それから……一番にしてとは言わないけと、ダンスと同じ位の立場に格上げを要求します。 
飽くまでも、ぐ ら いだからね! 怒らないで!
 ジェラシーが、僕からの今年の贈り物です。
 良い? 僕がジェラシー発動します!って言ったら。ちゃんと発動させて下さいね!」
私は無意識に抱きついていた。
景がジェラシー? 妬いてたの? それもダンスに! 嬉しくて泣けちゃうよ。
なんて! 可愛い! 健気! 
 ねぇ景、私が私の人生を生きていく時、景は私の一番なんだよ。
あなたがいるから踊れるの。
いつだって、あなたを思って踊ってるのよ。
あなたが褒めてくれたら、私はそれだけて嬉しくて幸せなの。

この贈り物は最高だよ。
有難う! 本当に有難う!
ジェラシーをくれるのね。
ああ…早く発動するあなたをを見たい!

「景! 愛してる!」
「ダンスとくらべたら?」
「ダンス!」

「ジェラシー発動します! 今夜俺は最大級のジェラシーを発動するぞ!」
「謹んで頂きます!」

「おいで……まひる」
景は優しく抱き締めてくれる。

深くて、甘いキスが好き。

「俺だけのまひるだよな……」
「うん……」

この時間が俺は好きなんだ。
 可愛い顔して寝てるまひるを
そっと抱き締めキスをする。
この時間が永遠に続けって、いつもいつも思っている。
眠りながら、泣いていたまひるになにも為てやれなくて。
助けてやれないのが辛かったなぁ。
だから夜は明けるなって思ったり為ていたよ。
 まひるが、俺に苛ついているのは判っていたけど、ここで喧嘩したら終わってしまう……それたけは絶対に嫌だった。
別れるぐらいなら、まひるの夢が夢でなくなるまで、ジェラシーは封印するって決めた。
 今、まひるは夢を現実に引き寄せつつある。
もう大丈夫だと確信したから、
封印は解いたんだ。

えっと? 勿論、頼子ちゃんには感謝為てる。

アハハ、まひるには内緒だよ。

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