駐在所のお姉ちゃん
私の住む集落は埼玉県の山奥にあり、人口も100人を割るようなクソ田舎である。
〇〇:行ってきま〜す
母親:行ってらっしゃい
とある冬の日の朝、私は麓の学校に向かうため家を出る。
〇〇:相変わらずすごい雪だこと…
美玖:〇〇ちゃん、おはよ〜
〇〇:美玖ちゃん、おはよ〜
駐在所の前を通ると、金村美玖巡査こと美玖ちゃんが雪かきをしていた。美玖ちゃんもこの集落出身で、私にとって近所のお姉ちゃん的存在だった。
美玖:ずっと雪かきしてると腰にくるね…(苦笑)
〇〇:何時からやってんの(笑)
美玖:う〜ん、1時間無いくらいかな…?
〇〇:シゲさんは?
美玖:ぎっくり腰になったって(苦笑)
〇〇:……まぁ、頑張って?(苦笑)
美玖:うん、〇〇ちゃんも行ってらっしゃい
〇〇:行ってきます
美玖ちゃんと分かれ、学校に向かう。
◇
〇〇:疲れた〜…
学校が終わり、集落の方に帰ってくる。
シゲ:おぉ、〇〇ちゃんおかえり
〇〇:ただいま
駐在所の前でちょうど、シゲさんこと重文巡査に声をかけられた。
シゲ:お餅焼くけど、よかったら食べる?
〇〇:いただきます
駐在所の中では、美玖さんがデスクワークをしていた。
〇〇:ただいま
美玖:ん?おぉ、おかえり
〇〇:勤務中に七輪使ってるけどいいの?(笑)
美玖:…なんかね、もうどうでもいいかな、って(苦笑)
〇〇:(苦笑)
美玖:なんか飲む?
そう言って、美玖ちゃんがストーブの上のやかんに手をかける。
〇〇:じゃあホットココア
美玖:はい
マグカップにココアの粉末を入れ、やかんのお湯を注ぎ込む。
〇〇:ありがとう
美玖:ふぅ〜…、…受験勉強は順調?
〇〇:ぼちぼち…
美玖:ぼちぼちか〜、大学進学したら出ていっちゃうんだもんね……
〇〇:そりゃまぁ、この辺に大学なんて無いもん…(苦笑)
美玖:寂しくなるな〜…
〇〇:(笑)
すると、お餅の焼けるいい匂いが漂ってきた。
シゲ:二人とも〜、お餅焼けたよ〜
〇〇:…美玖ちゃんのもあるみたいよ?(笑)
美玖:はぁ……(笑)
二人で外に出る。
シゲ:はい、〇〇ちゃん
〇〇:いただきます
海苔に巻かれたアツアツのお餅を頬張る。
〇〇:あふっ…!
美玖:(笑)ちゃんと冷まさないからでしょ?(笑)
〇〇:んんっ…、大丈夫…
そしてお餅を食べ終え、私は家に帰ることに。
〇〇:じゃあ、またね
美玖:うん、バイバイ
◇
そして一ヶ月後、東京の大学の試験を受けるために準備を整えていた。
〇〇:……明日出られるかな…?
パッキングを終えた私は、吹雪く窓の外を見ていた。
父親:しばらく続くみたいだしな……
私は不安を胸に抱きながらベッドに入った。
◇
そして翌朝、カーテンを開けて窓の外を見ると、
〇〇:……。
雪はさらに勢いを増していた。
母親:おはよう
〇〇:うん…
母親:朝ご飯、食べちゃいなさい
朝ご飯を食べ終えた私は、家を出る準備をする。
〇〇:……。
父親:〇〇、準備出来たか…?
〇〇:……うん…
すると、美玖ちゃんが駆け込んできた。
美玖:〇〇ちゃん…!
〇〇:何?どうしたの?
美玖:さっき消防団から連絡が入って、※※街道で雪崩が起きたらしい……!
〇〇:えっ……
※※街道とは、この集落と麓を繋ぐ唯一の道路で、そこが通行止めになれば私たちは孤立することになる。それどころか……、
〇〇……通れるんだよね…?……試験…受けれるよね……?
美玖:…っ……
〇〇:……美玖ちゃん…?
美玖:…できる限りのことはしてみる
〇〇:…うん……
◇
それから数時間後、美玖ちゃんがまたやってきた。
〇〇:…状況は?
美玖:県知事経由で自衛隊に災害派遣要請をして、今こっちに向かってるって
〇〇:よかった…
美玖:じゃあ出かける準備しておいて?入試に向かう受験生がいる旨も伝えてあるから
〇〇:うん、ありがとう…!
荷物を持って靴を履く。外に出るとまだまだ雪が降り続いていた。
美玖:大丈夫?荷物持てる?
〇〇:大丈夫
雪をかき分けながら公民館まで進む。
公民館に到着し、軒下でしばらく待っていると、
(バラバラバラバラ……)
ヘリの音が聞こえてきた。
目の前の空き地にヘリがホバリングし、中から自衛隊員が出てきた。
隊員:お待たせいたしました
美玖:お願いします
〇〇:お願いします…
美玖:じゃあ、頑張ってきてね
〇〇:うん、ありがとう
隊員:持ち上げます
〇〇:はい
雪が柔らかすぎるため、ヘリがホバリング状態なので一人では上がれない。
上と下から支えてもらい、ヘリに乗り込む。
隊員:ベルト失礼します
特殊なベルトに苦戦していると、隊員さんが着けてくれた。
隊員:じゃあ、飛びます
ヘリが飛び上がり、東京へ針路を向ける。
隊員:……一時間ほどで着きますので…
〇〇:ありがとうございます…!
◇
一時間後、ヘリは東京の朝霞駐屯地に着陸した。
隊員:このままホテルまでお送りします
〇〇:すみません、ありがとうございます
自衛隊車両で宿泊予定のホテルまで送ってもらい、翌日無事に試験を受けることが出来た。
◇
十数年後、医学部に進学し医師免許を取得、臨床研修を終えた私は数年間大学病院の救急救命部で勤務しチーフドクターにまで上り詰めた後、地元に戻って診療所を開業した。
看護師:備品の補充、終わりました
〇〇:分かった、ありがとう
看護師:……先生って学生時代どうやって過ごしてたんですか?
〇〇:…ふふっ(笑)まぁこの辺なんにも無いからね(笑)
看護師:患者さんはいい人ばかりですけど…
すると、
※※:先生〜
〇〇:は〜い
男の子が診療所にやってきた。
※※:腕切った〜
見ると、男の子の腕には10cmほどの裂傷があった。
〇〇:あらら、どうしたの?
※※:山ん中で木の枝で引っ掻いた
〇〇:なるほどね〜
〇〇:…この子の家に電話して?
看護師:え〜っと…、
〇〇:駐在所の金村巡査部長
看護師:あっ、分かりました
母親である美玖ちゃんに処置の承諾を得る。
看護師:大丈夫だそうです
〇〇:オッケー、じゃあリドカイン用意して?
看護師:はい
患部周辺に局所麻酔をする。
看護師:生食です
〇〇:ありがとう
〇〇:ちょっと染みるよ〜
※※:痛っ…
その後、バットの上にその子の腕を置き、生理食塩水で洗浄する。
〇〇:3-0ナイロン
看護師:はい
洗浄を終えたら、表皮を縫合していく。
すると美玖ちゃんがやってきた。
美玖:※※…!
〇〇:大丈夫よ、あとはガーゼで覆うだけだから
創部周辺の血液を拭き取り、ガーゼと包帯で保護する。
〇〇:親子そろって、って感じね〜(笑)
美玖:(苦笑)
※※:お母さんもなの?
〇〇:でしょ?(笑)
美玖:うん…(笑)廃材置き場の陶器の破片で足切って、今も痕残ってるよ?
〇〇:…はい、オッケー
処置を終え、デスクに向かう。
〇〇:……抗菌薬と鎮痛剤処方しておくから、…明明後日くらいにまた来て?
美玖:分かった、ありがと
〇〇:うん、※※くんも怪我しないように…
※※:は〜い(苦笑)
美玖:ちょっとお母さん、先生と話すから外の自販機でジュースでも買ってて?
※※:いぇ〜い
※※くんが看護師と外に行ったあと、私たちは診察室の窓辺に寄りかかる。
美玖:……縫合処置して※※が泣かないなんて、〇〇ちゃんの技術ってすごいんだね…
〇〇:まぁ、元大学病院救急救命部チーフドクターの名は伊達じゃないよ(笑)
美玖:…なんか遠い存在になっちゃったな〜……
〇〇:(笑)美玖ちゃんと心持ちは変わらないよ
〇〇:この"クソ田舎"が好き、っていう気持ちはね…
Fin.
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