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駐在所のお姉ちゃん

私の住む集落は埼玉県の山奥にあり、人口も100人を割るようなクソ田舎である。

〇〇:行ってきま〜す

母親:行ってらっしゃい

とある冬の日の朝、私は麓の学校に向かうため家を出る。

〇〇:相変わらずすごい雪だこと…

美玖:〇〇ちゃん、おはよ〜

〇〇:美玖ちゃん、おはよ〜

駐在所の前を通ると、金村美玖巡査こと美玖ちゃんが雪かきをしていた。美玖ちゃんもこの集落出身で、私にとって近所のお姉ちゃん的存在だった。

美玖:ずっと雪かきしてると腰にくるね…(苦笑)

〇〇:何時からやってんの(笑)

美玖:う〜ん、1時間無いくらいかな…?

〇〇:シゲさんは?

美玖:ぎっくり腰になったって(苦笑)

〇〇:……まぁ、頑張って?(苦笑)

美玖:うん、〇〇ちゃんも行ってらっしゃい

〇〇:行ってきます

美玖ちゃんと分かれ、学校に向かう。



〇〇:疲れた〜…

学校が終わり、集落の方に帰ってくる。

シゲ:おぉ、〇〇ちゃんおかえり

〇〇:ただいま

駐在所の前でちょうど、シゲさんこと重文巡査に声をかけられた。

シゲ:お餅焼くけど、よかったら食べる?

〇〇:いただきます

駐在所の中では、美玖さんがデスクワークをしていた。

〇〇:ただいま

美玖:ん?おぉ、おかえり

〇〇:勤務中に七輪使ってるけどいいの?(笑)

美玖:…なんかね、もうどうでもいいかな、って(苦笑)

〇〇:(苦笑)

美玖:なんか飲む?

そう言って、美玖ちゃんがストーブの上のやかんに手をかける。

〇〇:じゃあホットココア

美玖:はい

マグカップにココアの粉末を入れ、やかんのお湯を注ぎ込む。

〇〇:ありがとう

美玖:ふぅ〜…、…受験勉強は順調?

〇〇:ぼちぼち…

美玖:ぼちぼちか〜、大学進学したら出ていっちゃうんだもんね……

〇〇:そりゃまぁ、この辺に大学なんて無いもん…(苦笑)

美玖:寂しくなるな〜…

〇〇:(笑)

すると、お餅の焼けるいい匂いが漂ってきた。

シゲ:二人とも〜、お餅焼けたよ〜

〇〇:…美玖ちゃんのもあるみたいよ?(笑)

美玖:はぁ……(笑)

二人で外に出る。

シゲ:はい、〇〇ちゃん

〇〇:いただきます

海苔に巻かれたアツアツのお餅を頬張る。

〇〇:あふっ…!

美玖:(笑)ちゃんと冷まさないからでしょ?(笑)

〇〇:んんっ…、大丈夫…

そしてお餅を食べ終え、私は家に帰ることに。

〇〇:じゃあ、またね

美玖:うん、バイバイ



そして一ヶ月後、東京の大学の試験を受けるために準備を整えていた。

〇〇:……明日出られるかな…?

パッキングを終えた私は、吹雪く窓の外を見ていた。

父親:しばらく続くみたいだしな……

私は不安を胸に抱きながらベッドに入った。



そして翌朝、カーテンを開けて窓の外を見ると、

〇〇:……。

雪はさらに勢いを増していた。

母親:おはよう

〇〇:うん…

母親:朝ご飯、食べちゃいなさい

朝ご飯を食べ終えた私は、家を出る準備をする。

〇〇:……。

父親:〇〇、準備出来たか…?

〇〇:……うん…

すると、美玖ちゃんが駆け込んできた。

美玖:〇〇ちゃん…!

〇〇:何?どうしたの?

美玖:さっき消防団から連絡が入って、※※街道で雪崩が起きたらしい……!

〇〇:えっ……

※※街道とは、この集落と麓を繋ぐ唯一の道路で、そこが通行止めになれば私たちは孤立することになる。それどころか……、

〇〇……通れるんだよね…?……試験…受けれるよね……?

美玖:…っ……

〇〇:……美玖ちゃん…?

美玖:…できる限りのことはしてみる

〇〇:…うん……



それから数時間後、美玖ちゃんがまたやってきた。

〇〇:…状況は?

美玖:県知事経由で自衛隊に災害派遣要請をして、今こっちに向かってるって

〇〇:よかった…

美玖:じゃあ出かける準備しておいて?入試に向かう受験生がいる旨も伝えてあるから

〇〇:うん、ありがとう…!

荷物を持って靴を履く。外に出るとまだまだ雪が降り続いていた。

美玖:大丈夫?荷物持てる?

〇〇:大丈夫

雪をかき分けながら公民館まで進む。

公民館に到着し、軒下でしばらく待っていると、

(バラバラバラバラ……)

ヘリの音が聞こえてきた。

目の前の空き地にヘリがホバリングし、中から自衛隊員が出てきた。

隊員:お待たせいたしました

美玖:お願いします

〇〇:お願いします…

美玖:じゃあ、頑張ってきてね

〇〇:うん、ありがとう

隊員:持ち上げます

〇〇:はい

雪が柔らかすぎるため、ヘリがホバリング状態なので一人では上がれない。

上と下から支えてもらい、ヘリに乗り込む。

隊員:ベルト失礼します

特殊なベルトに苦戦していると、隊員さんが着けてくれた。

隊員:じゃあ、飛びます

ヘリが飛び上がり、東京へ針路を向ける。

隊員:……一時間ほどで着きますので…

〇〇:ありがとうございます…!



一時間後、ヘリは東京の朝霞駐屯地に着陸した。

隊員:このままホテルまでお送りします

〇〇:すみません、ありがとうございます

自衛隊車両で宿泊予定のホテルまで送ってもらい、翌日無事に試験を受けることが出来た。



十数年後、医学部に進学し医師免許を取得、臨床研修を終えた私は数年間大学病院の救急救命部で勤務しチーフドクターにまで上り詰めた後、地元に戻って診療所を開業した。

看護師:備品の補充、終わりました

〇〇:分かった、ありがとう

看護師:……先生って学生時代どうやって過ごしてたんですか?

〇〇:…ふふっ(笑)まぁこの辺なんにも無いからね(笑)

看護師:患者さんはいい人ばかりですけど…

すると、

※※:先生〜

〇〇:は〜い

男の子が診療所にやってきた。

※※:腕切った〜

見ると、男の子の腕には10cmほどの裂傷があった。

〇〇:あらら、どうしたの?

※※:山ん中で木の枝で引っ掻いた

〇〇:なるほどね〜

〇〇:…この子の家に電話して?

看護師:え〜っと…、

〇〇:駐在所の金村巡査部長

看護師:あっ、分かりました

母親である美玖ちゃんに処置の承諾を得る。

看護師:大丈夫だそうです

〇〇:オッケー、じゃあリドカイン用意して?

看護師:はい

患部周辺に局所麻酔をする。

看護師:生食です

〇〇:ありがとう

〇〇:ちょっと染みるよ〜

※※:痛っ…

その後、バットの上にその子の腕を置き、生理食塩水で洗浄する。

〇〇:3-0ナイロン

看護師:はい

洗浄を終えたら、表皮を縫合していく。

すると美玖ちゃんがやってきた。

美玖:※※…!

〇〇:大丈夫よ、あとはガーゼで覆うだけだから

創部周辺の血液を拭き取り、ガーゼと包帯で保護する。

〇〇:親子そろって、って感じね〜(笑)

美玖:(苦笑)

※※:お母さんもなの?

〇〇:でしょ?(笑)

美玖:うん…(笑)廃材置き場の陶器の破片で足切って、今も痕残ってるよ?

〇〇:…はい、オッケー

処置を終え、デスクに向かう。

〇〇:……抗菌薬と鎮痛剤処方しておくから、…明明後日くらいにまた来て?

美玖:分かった、ありがと

〇〇:うん、※※くんも怪我しないように…

※※:は〜い(苦笑)

美玖:ちょっとお母さん、先生と話すから外の自販機でジュースでも買ってて?

※※:いぇ〜い

※※くんが看護師と外に行ったあと、私たちは診察室の窓辺に寄りかかる。

美玖:……縫合処置して※※が泣かないなんて、〇〇ちゃんの技術ってすごいんだね…

〇〇:まぁ、元大学病院救急救命部チーフドクターの名は伊達じゃないよ(笑)

美玖:…なんか遠い存在になっちゃったな〜……

〇〇:(笑)美玖ちゃんと心持ちは変わらないよ

〇〇:この"クソ田舎"が好き、っていう気持ちはね…

Fin.

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