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アクアパッツァ

 窓を開けると、心地よい風が吹き込んでくる。空は快晴、秋空は清々しくその高さを増しているように感じる。
 それもそのはず、今日は休日だ。世界が輝いて見える。仕事の日には暗く陰鬱に見えるいつもの窓からの景色も、今日は違って見える。
 
 気分がよろしい。さて今日は何をしようか、部屋の掃除は必要だ。この前買ったばかりのワンピースはベッドの下に脱ぎっぱなしだ。掃除の前に洗濯かな、ついでに食材も買い込もう。
 私はわくわくしながら部屋を片付け始める。朝食はすでに済ませた、掃除に洗濯、やることはたくさん。でもそれがいい、身体を動かしてお腹を空かせる。なんてったって、私の休日には唯一の楽しみが待っている。それは料理だ。
 仕事の日は、食事は時間を取らずに手早く済ませたい。とにかくカロリー摂取が目的だ。ガソリンを給油する車のごとく、味わっている暇なんてない。ゆっくりしている暇なんて無いんだから。
 だから私は休日にはゆっくりと、自分の中で献立を考える。そしてしっかり運動して空腹を感じる。そうやって一日を計画通りに過ごした最後に、美味しい料理が食べられたら。それが私の今の幸せ。そして、今日の献立はきまっているんだ。アクアパッツァ。

【アクアパッツァ】
 アクアパッツァ(伊: acqua pazza) 、ペシェ・アッラックア・パッツァ(伊: pesce all'acqua pazza、「魚のアックア・パッツァ風」)は、魚介類を トマトとオリーブオイルなどとともに煮込んだナポリ料理である。
 Wikipediaより引用
 
 だそうだ。ナポリ料理。今日私はナポリの風を感じたい。

 スーパーは私のフェイバリットスポット。私はスーパーに来ると血沸き肉躍る。並んだ食材から今日のお目当てを探し出す。調味料はすでにある。ので、必要なのは主役の海鮮。いつもはケチって安い材料しか買わないけれど。今日は特別奮発だ!
 鮮魚の棚にはおいしそうなお魚がたくさん。しかしまず必要なのは、そう、アサリ。シジミでも良いんだろうけど、私はアサリだ。そしてエビ。さらにメインのお魚がほしいのだけれど。
 私が物色していると、真っ赤なキンメダイが目についた。まだ旬ではないけれど、普段は高くて手が出ない。しかし本日半額に値引き。私はお財布と相談する。他のめぼしい魚も検討したが、やっぱり普段は買わないキンメダイ。半額の値引きシールが私を後押しした。
 その他にも、トマトやレモン、冷蔵庫から底をついているであろう食材をかたっぱしから買いあさり、買い物袋を満杯にしてスーパーを後にした。ふと、後ろ髪を引かれる思い。なんだろう。なにかが引っ掛かる。いやいや、アクアパッツァの材料はすべてそろっている。杞憂に過ぎないであろう感覚に、私はかぶりを振った。

 部屋に帰ってきて窓を開け放つ。外に干した買ったばかりのワンピースはしっかりと乾いている。秋の日差しといえども、お日様の力は偉大だとつくづく感じる。まだ陽は傾いていないが、お昼を食べていない私、腹が減ってるんだ!さっそく作りましょうじゃないですか、アクアパッツァ。

 私は料理にウンチクやこだわりなんて無い。と言ったらウソになるけれど、あまり手間暇かけて作りたくはない。できれば簡単に、できるだけ簡単に。


 まず、フライパンにオリーブオイルを垂らす、しかし今日はアクアパッツァ、オリーブオイルを多めにに入れる。適当に。
 お次にそのオリーブオイルにちょっと大き目に切ったニンニクを二欠片分投入。弱火でじっくり火を通して油に香りを移す。その間にキンメダイの下準備、といってもスーパーで買ってきたキンメダイは切り身にもなっているし、頭もキレイに処理されている。しかし念のため、沸騰させたお湯で湯引きする。嫌な匂いも取れるし、取り残された鱗も取れる。
 さて、フライパンが十分温まったようだから、湯引きしたキンメダイを皮目を下にして強火で揚げ焼く。油の爆ぜる音がジュウジュウと心地よい。しばらく皮目を焼いていると、香ばしい香りも漂ってくる。
 魚の表面に焼き色を付けたら、あとは私流でいとも簡単。一度火を止めて、アサリ、エビ、カットしたトマト、白ワイン、レモン果汁、スライスレモン、ローズマリーにタイム、オレガノ、ハーブはその時あるものを適当に。最後に塩コショウをして、おまけにオリーブオイルを追加で上から回しかけて、全部フライパンにぶちこんだら蓋をして再び火にかける。あとは気長に待つばかり。
 
 さて、出来ました。私特性休日アクアパッツァ。費用はかさんでしまったけれど、たまにの贅沢。手軽で簡単。なのに不思議なくらいおいしくできる。いただきましょう。
 まずはキンメダイ。皮が薄いせいか、ところどころ剥げちゃったけど、それでもジューシー。繊細な繊維質の身がほどけるように柔らかい。お次にエビ、こちらも弾ける弾力がぷりぷりだ。アサリも小粒だけどしっかりとその風味が効いている。なんて美味しいんだろう。やっぱりアクアパッツァの主役はアサリかしら。そう、何といっても魚介からしっかり出たスープ。これが一番の楽しみ。私は魚介の出汁が効いた濃厚なスープを掬い上げ、味わおうとした。その時、スーパーを後にするときに感じた違和感を思い出した。後ろ髪を引かれるような、胸になにかが閊えるような、なんとも言えないあの違和感。
 
 バゲットを買ってきていない。

 私はショックのためうな垂れた。こんなに大事なことに気が付かないなんて!!バゲットの無いアクアパッツァなんて、あんこの入ってない大福みたいなもんよ!大福にあんこが入ってなかったら、ただのお餅でしょう!大福ではないでしょう!!
 あまりのショックで錯乱傾向だけど。アクアパッツァのスープを最大限、高効率で味わうためにはバゲットは必須。そのバゲットを買い忘れるなんて!

 私は急いで乾かしたばかりのワンピースを着こみ財布片手に食べかけのアクアパッツァを残して部屋をでた。美味しいバゲットを手に入れるために。

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