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読書感想文「私は海をだきしめてゐたい」

 坂口安吾著「私は海をだきしめてゐたい」もうタイトルでやられる。
 
 物語という物語はなく、男女の恋愛感情を書いた作品。短編で非常に読みやすい。しかし全体的に詩的、散文詩的っていうのでしょうか。全体的にキレイだなと感じました。
 
【あらすじ】
 生きることに対して一抹の不安を感じている「私」の視点で物語は始まる。浮気性でズルい性分であることは分かっていて、しかしそれをどうすることもできない「私」。
 そんな「私」は自分に安心感を与えてくれる女性と出会うこととなる。その女性は不感症、うぬぼれが強く、頭が悪く、貞操の観念がない。「私」にとってその女性はどこも好きなところはなく、ただ一点、その女性の肉体のみが好きであると断言する。日々の生活を共に過ごし、小さないざこざを繰り返す。そして二人はある日温泉へ行き、海辺を散歩するのだが……。
 

【感想】
 読んでいて苦痛などはなく一気に読めてしまう。男女(男性視点)の心理描写で成り立っていて、肉欲を満たすためだけの存在である女性に対し、どこか透明な、神聖な感情を抱いている。
 肉欲や憎しみ、浮気や嘘。そう言った感情が物語の主軸にあるにも関わらず、まったく正反対の、希求する喜びや美醜を超えた美しさといった感覚。そんな不釣り合いで不均衡な表現を絶妙な描写で詩的に表現されている。
 抽象的といえばそう感じる。しかし全体を通して美しい文章で書かれており、これはぜひとも読むべき物語だと感じました。
 
 
 
 短編小説というか私小説的で、物語としてはなにか大きな事件が起きたりするわけではないんですが、私的あらすじや感想を自分で読み返すと非常に陳腐な印象を与えてしまうかもしれませんね。でもそんなことないんです!
読んだこと無い方はぜ読んでみてください。面白いですし、短時間で読めますし。
 
 男性視点の物語で、一部侮蔑的で主人公のエゴっぽい部分はなんとなく気になりました。敢えてそういう作品なのかな?
私的には不感症である「女」の視点や感情なんかが知りたかった。女性視点の物語だったら、いったいどんなタイトルになっていたのかななんて妄想が捗ります。


 『私は然し、歓喜仏のやうな肉慾の肉慾的な満足の姿に自分の生を託すだけの勇気がない。私は物その物が物その物であるやうな、動物的な真実の世  界を信ずることができないのである。肉慾の上にも、精神と交錯した虚妄の影に絢どられてゐなければ、私はそれを憎まずにゐられない』
  坂口安吾著 「私は海をだきしめてゐたい」より一部抜粋

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