見出し画像

豚の角煮

 帰りの電車に揺られながら、今日一日を振り返る。今日はなぜだか朝からイラついていたんだ。日頃、外ではいつもニコニコの私。まるで笑顔が顔に貼りついているかのように、基本何があっても笑顔は崩さないし、それほどイライラすることも少ない。そんな私でもとにかくイラつく日もある。今日は朝から、いつもは気にならないようなことが気になってしまっていた。
 
① 朝、ごはんの炊飯が押されていなくてごはんが炊けていなかった
 (私が悪いのは分かっている)。
② 気分を変えようとお気に入りの靴を履こうとしたら、その靴が泥だらけ
  だった(私が悪いのは分かってる)。


③ 職場に着いたらロッカーの中がグチャグチャだった
 (私が悪いのは分かっている)。


④ レターケースに看護師長から未提出の書類の催促のメモが貼られている
 (私が悪いのは分かっている)。
 


 分かっている。だいたい私が悪いことは分かっているんです。いつもはテヘペロで笑って許せるんスよ!でも今日の私はテヘペロって笑って流す事なんてできないほどイライラしていたんです。


 満員電車では座るところもなく、私のイライラモードに拍車がかかる。しかし、私の降りる駅より二駅前で、目の前の座席の人が降りて行った。

 私がその空席に座ろうとした瞬間、恰幅の良いおばさまが滑り込むようにねじり込むようにその席に着席してしまった。虚を衝かれた私は完璧にランディング態勢に入っていて、突然の割り込みに、あわやおばさまの膝に座りそうになるところを、日頃のスクワットで鍛えた大腿四頭筋フルパワーで、すんでの所で堪えることができた。


 はいはいはい。気づくのが遅かった私が悪いんでしょう。でもねおばさま、あるでしょう、序列ってものが。空席と自分との間にどれだけ距離があって、どれだけの人間が存在しているか。それを見極めて、自分の座席獲得までの序列がさぁ!あるでしょう!?ゆずりあう精神ってあなたにもあるでしょう!?
 言葉にはしません。できません。イライラはしているけれど、意見するほどの勇気が私にはなかった。もちろん何事もなかったように振舞いましたよ。私も、そのおばさまも。



 大したことない日常でもストレスを感じるときはある。しかし今日は限界だ。ストレスをため込むと良くないし適度に発散しなければいけない。こんな日は罪悪感を感じるほどのカロリーを摂取して、罪悪感でストレスを対消滅させるべきだ。そう決めた私は、今日の献立を心に決めた。

 そう。こんな日は肉。買いました、豚バラブロック300g。これだけで1000kcalをオーバーするみたい。カロリーの暴力だぜ。

 もちろんこのまま焼いて食べてもいいんだけれど。それでは脂がきつ過ぎる。ひと手間かけて変身させましょう。今日は豚の角煮だ!
 
 
 【豚の角煮】
  甘しょっぱく煮つけられたトロトロの豚肉。嫌いな人には会った事はな
  いから、きっとみんな大すき。しっかり煮込んで脂も落ちるから、思っ
  ているよりカロリーは控えめ。……なのかもしれない。
  


 私は自分の部屋に帰り着くなり、急いでシンクの奥底にある秘密道具を取り出す。そう、マイプレシャス圧力鍋。豚バラブロックと圧力鍋さえあれば、魔法使いにでもなったように簡単においしい角煮ができる。

 まずは下ごしらえ。買ってきた豚バラブロックを油を敷かずにフライパンに投入。そしたら中火の火力で熱を入れる。そのうちじわじわと豚バラブロックから脂が出てくる。ある程度出てきたら火力を強火に。しばらくはあまり動かさないように表面に焼き目をつける。
 
 豚バラブロックの全体に焼き目がつけられたら、一度火を止め、豚バラが浸る程度に水を注ぐ。フライパンだから、多少豚バラブロック全体が浸らなくても適当でオッケー。再度点火してしばらく煮込む。
 
 その間に、しょうがを1㎝程度に輪切り。私はしょうがを多めに入れる。次にネギの青い部分を切り落とす。そうこうしているうちに、フライパンの豚バラブロックが沸騰する。余分な脂とアクを煮出したら、豚バラブロックは塊のまま取り出す。
 
 ようやく登場、真打ち圧力鍋。圧力鍋の中に、煮込んだ豚バラブロック、スライスしたしょうが、ネギの青い部分を入れる。醤油、酒、みりん、を1:1:1の割合で適当に入れて、砂糖を多めに大匙2~3杯。後は豚バラブロックが浸る程度に水を入れる。
 
 最後に八角を入れる。のだけれど、八角なんて私は持っていないので、代用でシナモンを適量お好みで。すべての材料が鍋に入ったら、圧力鍋の蓋をしっかり閉めて、いざ点火。
 
 しばらく加熱していると、圧力鍋からシュンシュンと大きな音と蒸気が上がる。それを合図に弱火にして20分程度圧力をかけ続ける。圧力鍋は便利だけれど。この音と蒸気がちょっと怖い。
 
 勢いよく立ち上る蒸気は怖いけれど、台所いっぱいに甘い良い香りが充満する。そして私の腹が鳴る。それを聞いて思わず笑ってしまう私。なんだかイライラしていたのが嘘のようだ。待ちきれない気持ちを抑え、20分圧力をかけ続けたら鍋の火を止める。しかし、鍋の中はまだ圧力が高いままだから、まだまだ待たねばならない。もう待ちきれないな。私、腹減ってるんだ!

 完成。豚の角煮。圧力鍋を使うことで、短時間煮込むだけで驚くほど柔らかくなる。テリッテリに輝くその容姿。立ち上る甘い香り、箸でも切れる柔らかさ。ちょっとだけからしをつけて一口ほおばる。
 甘い!脂の甘さが際立ってる、それでいてさっぱりとして口の中に残らない。豚の脂の美味しいところを最大限に味わえる。これは危険だ。この食べ物は人間をダメにすると思う。例えて言うならば麻薬だ、鍵のかかる堅固な保管庫にしまうレベル。
 
 不思議だよね。脂身なんて、そのまま焼いて食べたら、口の中脂っこくて仕方がないのに、しっかり煮つけてあげると、その素材の良い所だけを残して驚くほどおいしくなる。圧力鍋でもって高圧力をかけ続けた結果なんだろうか。


 圧力、つまりストレスだな。豚バラブロックにかけ続けられたストレスはお肉をここまで磨いておいしくした。じゃあ私は?
 日々のストレスが私を常に磨いてくれいているってことなんだろうか。その圧力に打ち勝った時、私はおいしい女性……もとい、ステキな人間になれているんだろうか。
 
 
 でも私は甘々がすきだ!ごちそうさまでした!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?