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110 / チョコパイ


ママにはじんぞうが1つしかない。普通は2つあるらしい。ぼくにも2つ付いていて、体に必要ないものをおしっこにしてくれているのだと、ママは教えてくれた。


「ママはじんぞうが一つでも平気なの?」
「うん、平気よ。少し我慢しなくちゃいけないけどねっ。」


と、ママはニコッと笑って言った。なるだけ味の薄い料理を食べないといけなかったり、お菓子はあまり食べちゃダメだったり、食事せいげんということをしないといけないらしい。


ぼくはお菓子が大好きだったから、お菓子を食べれないのはかわいそうだなと思った。ママはじんぞうの病気で、よく入院していた。何度か一緒に救急車に乗って、背中をさすった。辛そうだった。


ママが家にいないことが多かったから、代わりにおばあちゃんがお家に来て、家事をやった。パパは自衛隊というお仕事をしていて、あまりお家にいなかった。


おばあちゃんは、よくぼくに説教をした。「ママはね、死ぬ思いをしてあんたを産んだとよ!?」と、ぼくの肩を掴んで何度も言った。いつも説教は1時間くらい続いた。めんどくさかった。


おばあちゃんがお家に来て何日かたった日、たくさん顔を叩かれた。「あたしが用意してたチョコパイ、あんたが食べたんでしょ!!!」とおばあちゃんは言っていた。


1時間くらいずっと顔を叩かれた。そのまま顔を叩かれるとすごく痛かったので、ぼくは必死に顔を両手で隠した。手の上から叩かれるのは、少し痛みを減らしてくれたけど、それでも痛くてたくさん泣いた。


チョコパイなんて知らなかった。何度も知らないと言ったけど、おばあちゃんは信じてくれなかった。仕事で疲れていたから、チョコパイを食べるのを楽しみにしていたらしい。なぜかチョコパイがなくなって、おばあちゃんは怒ってぼくを叩いた。


ぼくを叩き終わると、次は弟が叩かれた。玄関の方から弟の鳴き声がずっと聞こえてきた。ぼくは初めて人を憎いと思った。やり返してやりたいと思ったけど、また叩かれるのが怖くて何もできなかった。おばあちゃんはすごい力だった。


次の日の朝鏡を見ると、ぼくのほっぺたは腫れて青色になっていた。



何日かあとにパパが帰ってきた。
「ただいま〜おぉ久しぶり、ん??、顔どうしたねそれ?」
「おかえり、ああ、階段で転んだ」
「ええ...そうか、ひどいなこりゃ…痛かったろ」
「うん、痛かった。」


なぜかわからないけど、本当のことは言えなかった。ぼくのほっぺたはまだ青かった。内出血というものだったのだと、後から知った。


ママとパパは離婚をすることになった。ママが退院して、うちのお風呂に入っている時、パパが離婚について話してくれた。テレビで聞いたことがある言葉だったから、なんとなく分かった。


ぼくたちは、たまに遊びに行っていたじいとばあのお家にお引越しすることになった。ママはついて来ないと知って、ぼくは布団の中で泣いた。


お引越しの手伝いをした。パパと一緒に電子レンジをどかすと、チョコパイがあった。

「ん?なんでこんなとこにチョコパイがあるんだ?これ誰の?」
「知らない」


ぼくはまた、人を憎いと思った。





















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