【小説】サクラを散らすあなたを



あなたが、突然髪を短く切ったあの日。


私は、あなたへ向ける気持ちに、名前をつけた。



「短くなっちゃった!……どうかな?」


「どうかな、って……どうしたの」




私の幼なじみ、ヨシノ。



「いつ切ったの?」


「昨日の、夜」


「夜?部活終わりに?」


「うん」


「自分で?」


「う、うん」


「にしては綺麗すぎない?」


「いや、あのね、自分で切って!その後美容室に行って整えて貰ったの!」



おかしい。
ヨシノが自分で髪を切るなんて。
まず、切ろうと思うこと自体。


「……誰かにやられた?」

「えっ?」


「ヨシノ、あんなに髪伸ばしたいって言ってたじゃん」


「えっ、うん……その……」


ヨシノが俯き加減に目を逸らす。
これは、嘘をついてる。なにか後ろめた事があるとき、ヨシノは目を合わせていられなくなる。
本当にわかりやすい。



「部活の?」

「……」


「やっぱり。」


「髪、長いと、結んでても邪魔だからって……」


「……」


ヨシノはかわいい。均整のとれた顔立ち、とくに、子犬みたいにくりくりした大きな瞳には、感情の機敏の全てがそのままに現れる。
目は口ほどに物を言う、という言葉は、彼女のためにあるんだと思う。
見た目だけでなく、子供のように素直で、人懐っこくて、明るいヨシノは、すごくモテる。

その分、女子同士の厄介事に巻き込まれやすい。

昔はずっと私がそばにいたから、何かあった時はすぐに言い返せたし、絶対に彼女を1人にさせることは無かった。
でも、高校生になって、ヨシノは急に部活に入った。
ソフトテニス部。

「高校に入ったらなにかスポーツやって見たかったんだ!だって、私はカエデちゃんとちがって頭良くないし、ヘラヘラ生きてきただけで何も誇れるものがないから……少しでもなにかに打ち込んでみたいの!」


確かに、ずっとべったりだった私たちは、それぞれ何か別のことに打ち込む時間が必要なのかもしれない。
私は、ヨシノの選択を応援することにした。

それまで一緒に過ごしていた行き帰りの時間は、朝一緒に学校へ向かう時だけの時間になった。


でも、こんなことが起きるなんて。


「せっかく伸ばしたのになぁ……」


ヨシノのあの瞳が、揺れている。

ヨシノの悲しむ顔は見たくないのに、

そんな姿も、かわいい。



ぽつり、地面に1粒。

2粒、3粒。


見上げると、雨が降っていた。ずっと曇ってたけど、降ってきちゃったか……

雨の予報なのに、またヨシノは傘を忘れてきた。


「とりあえず、一旦入ろ」


家の玄関にヨシノを招き入れ、座らせる。

ほんの少しだけ濡れてしまったヨシノの髪も、この長さならすぐに乾きそうだ。



沈黙。


俯いているヨシノが、口を開いた。



「私ね」

「うん」


「ずっとカエデちゃんに憧れてて」


「うん」


「カエデちゃんみたいにかっこよくなりたくて、誇れるものが欲しくて、部活始めた」


「うん」

「カエデちゃんとお揃いにしたくて、髪も伸ばした」


「……うん」


「でも、ダメなのかな……」


ぽつり。制服のスカートに1粒。

2粒。3粒。


私は、そっとヨシノを抱きしめた。


いつもなら手に触れる、伸び掛けの髪の毛が今はもうない。


私のための。髪の毛がもう無い。


私のヨシノの一部を。

何も知らないあいつらが奪い取った。

腹が立つ。



「ヨシノはヨシノだよ。ヨシノは私みたいになりたいって言うけど、私こそヨシノになりたいって思うことあるし」


「嘘だあ……」


「嘘じゃない。私はヨシノが好き。」


「私も、カエデちゃんが大好き……」


今まで、何度もこんなやり取りをしてきたと思う。
女の子同士、親友、それ以上の特別な意味は何も無かった。


でも、今、誰かの手で私のヨシノが崩されたという事実に、どうしようもなく苛立ち、嫉妬している。


ほかの友達にだったら、ただただ相手に腹が立つだけだろう。



でも、ヨシノに対するこの気持ちは。


私の気持ちは。


恋に近い、








支配欲。



















ずっと前に書いてあったこの詩を元に書いたショートショートでした。
このふたりのお話をもっと書いていきたい。



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