『なつやすみ』

作:やまこしひなこ

一人の女性が高校の教室に立っている。
 大人の装いをしている。

ゆみこ:なつやすみ、と聞くと、皆さん、何を思い出しますか?ワクワクする気持ちですか?近所の駄菓子屋のアイスクリームですか?恋人と見た花火ですか?最終日に追い込まれた課題ですか?一生懸命集めたセミの抜け殻ですか?夏祭りで友人と食べた林檎飴ですか?本当に、それだけですか?

 回想の中の友人、ななせが話しかけてくる。

ななせ:ゆみこ!
ゆみこ:(まだ現実にいる)私にとってなつやすみは、
ななせ:ゆみこってば
ゆみこ:(回想の中で)あっ。
ななせ:どうしたの?帰ろうよ。
ゆみこ:う、うん。
ななせ:明日から夏休みだよ!超楽しみなんだけど。
ゆみこ:そうだね〜。
ななせ:ねえ、ゆみこはなんか予定あんの?
ゆみこ:いや、別に特には・・・・・
ななせ:え〜つまんないの。
ゆみこ:ななせは?
ななせ:ふふ〜ん
ゆみこ:彼氏とどっか行くんだ?
ななせ:へへへ、ばれた?
ゆみこ:バレバレだよ。おでこに「彼氏と旅行」ってかいてある。
ななせ:えっ、まじ?!
ゆみこ:嘘だよ。ツイッターで見たの。
ななせ:あ〜そっかそっか〜!大阪行くんだ。
ゆみこ:USJ?
ななせ:そう。めっちゃ楽しみ!
ゆみこ:いいねえ、あんたは。
ななせ:ねえ、おばさんとこ寄ってアイス食べて帰ろ!期末お疲れってことでさ!
ゆみこ:うん、そうだね。
ななせ:なんだか気乗りしてないみたいねえ〜。

 そこに共通の友人、はるかがやってくる。

はるか:あれ〜まだいたの?
ななせ:はるかどうしたの?
はるか:忘れ物〜
ななせ:タカヒロ君またせて?
はるか:違うよ、そんなことない。
ゆみこ:土田君が、上橋君と一緒に帰るって言ってたよ・・・。
ななせ:あんた人の彼氏の事情に詳しいのねえ。
ゆみこ:偶然聞いちゃっただけだよ。
はるか:ねえねえ、二人はなつやすみ、なんかするの?
ななせ:私彼氏と旅行〜
はるか:うわ、いいなあ!
ななせ:はるかは?
はるか:聞いてよ!夏フェスのチケット取れてさ!行くの!
ななせ:まじ?!いいなあ〜〜〜、一回行ってみたいんだよね。
はるか:まじでめっちゃ嬉しい!
ななせ:タカヒロ君と?
はるか:そうそう。あいつと音楽の趣味一緒だからさ。ゆみこは?
ゆみこ:いや、私は・・・・・
ななせ:特にないんだって。
はるか:え〜じゃあ一緒に花火行こうよ!
ゆみこ:えっ、
ななせ:いいじゃんいいじゃん!私も混ぜてよ!
ゆみこ:いや、
はるか:みんなで行こ!浴衣とか着てさ。
ななせ:なにそれ、超アガるじゃん!
ゆみこ:いいの?
ななせ:なにが?
ゆみこ:私なんかが・・・・。
はるか:なに言ってんのよ。青春のひと時なんてね、花火と同じくらいすぐに、ぱあっと消えちゃうんだから。
ななせ:なあにおばさんみたいなこと言ってんのよ。
はるか:とにかく、花火見に行っちゃいけない人だっているんだから。
ゆみこ:そうだね・・・・。青春のひと時は、花火と同じくらい・・・・。
ななせ:どこのやつ行く・・・・?

 ゆみこの独白に戻る

ゆみこ:言えなかった。
    言いたかった言葉が遠かった。
    子供にとって、社会というのは狭いものです。二人で話していたら二人が世界の全てでした。この時の私たちにとっては、3人が世界の全てでした。私だって、世界の一部なのに、ここにいちゃいけないように感じるくらい、窮屈でした。全てが、自分の今いる世界線とは違う世界線で起こっているように感じました。

 先生が教室に入ってくる

先生:おーいお前ら、学校閉めるから早く帰れよ〜
ななせ:はあい
先生:ちゃんと課題やれよ!最終日に焦って全部やるんじゃねえぞ〜
はるか:じゃあ先生は高校生の時ちゃんと課題やったんですかー?
先生:俺がそういう奴に見えるか?
ななせ:見えない。
先生:その通り。最終日に全部やった。
はるか:やっぱり。
先生:しかもガリガリ君で友達買収して手伝ってもらった。
ななせ:うわ、最悪。
先生:まあゆみこ、お前はそんなことないよな。
ゆみこ:ま、まあ・・・。
はるか:なにそれ〜えこひいきじゃあん。
先生:お前、えこひいきの使い方違うだろ。
はるか:もううるさいなあ!
ななせ:こんなやつ放っておいて帰ろ帰ろ!
はるか:先生さようなら〜!
先生:うい!怪我したりすんなよ〜!
ななせ:ゆみこも行くよ!
ゆみこ:う、うん・・・・・。

ゆみこ:今、今だよ。言うなら今。
    先生、私は別になつやすみなんていらないんです。
    ななせ、私はなつやすみなんて楽しみじゃない。
    部活を頑張るだけで、家にいつもより長くいなくちゃいけないの、それが嫌だから毎日図書館にいて、課題をこなしているの。私にとって、学校は、机があるだけで、そこが私の世界になるから、大事な場所なの。好きなものを好きだと思えるの、ここなら。私は、ここにいたい。それに何より、わたし、

はるか:ゆみこ?
ゆみこ:え、なに?
はるか:大丈夫?具合悪いの?
ゆみこ:・・・・・はるかはさ
はるか:ん?
ゆみこ:はるかはさ、花火がどうしても、綺麗に見えない時、ない?
はるか:どういうこと?
ゆみこ:みんなが綺麗だっていうもの、どうしても綺麗だと思えないこと、ない?
はるか:うーん・・・・・・たまに、あるかなあ。
ゆみこ:私ね、そういうものにぶち当たった時、私はこの世界にいちゃいけないのかもしれないって思うの。みんなが綺麗だっていうものを綺麗に思えなかったり、みんながいいというものを好きになれなかったり、みんなが美味しいと思うものをそう思えなかったり、みんなが悲しいと思うことを悲しいと思えなかったりするの。この机はね、そんな私にも居場所をくれるの。でもね、夏休みになったら、夏休みが来たら、
はるか:いいじゃない、夏休みが嫌いでも。
ゆみこ:え?
はるか:学校が嫌いな人はさ、12か月のうち9か月我慢しなきゃいけないけど、ゆみこは1か月我慢すればいいんだよ。そう思ったらさ、ラッキーじゃない?
ゆみこ:そう、なの?
はるか:私は、ゆみこがなんで夏休みを嫌いなのか知らないし、まあ聞かないけどさ、月並みだけどさ、この世の中にはいろいろな人がいるからさ。別にいいんじゃないかな。
ゆみこ:いいのかな?
はるか:みんながダメって言っても、私がいいよって言うよ。
ゆみこ:はるか・・・・・
はるか:花火も、嫌なら行かなきゃいいし、浴衣が嫌ならユニクロのTシャツにしよう。ね?
ゆみこ:本当に?
はるか:私がそんなにゆみこのこと見てないとでも思った?
ゆみこ:ううん、そうじゃないけど・・・・。
はるか:思ったより、私はあんたのこと見てるよ。
ゆみこ:はるか、

 はるかには届かない声で
ゆみこ:ありがとう。

はるか:さっ、帰りたくないかもしれないけど、とりあえず学校はでなきゃね。自転車閉じ込められちゃうし。
ゆみこ:そうだね。

 再びゆみこの独白
ゆみこ:その夏も、やっぱり苦痛なものでした。早く学校に行きたくて仕方がなかった。あの狭い社会の中の、狭い「私の世界」が欲しかった。
わたしにとってなつやすみは、ただの暑い一ヶ月間です。
だけれど、その年のなつやすみの前の一日は、わたしにとって大切な一日です。
あの日があったから、わたしは今、好きなことを好きでいられるし、自分が悲しいと思うことを悲しいと思うし、愛したいと思えることを愛することができます。誰がなんて言おうと、この世にはわたしの居場所があるのです。教室の外を出ても、わたしの席はどこかに必ず用意されています。
それから、今でもわたしは、あのおばさんのところのアイスクリームが好きです。

いただいたサポートでココアを飲みながら、また新しい文章を書きたいと思います。