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The Whoopsとワタシ

「遠くの親戚より近くの他人」とはよく言ったもので、高校時代の私にとってThe Whoopsは良き兄と姉だった。

今思い返せば企画に出ていただいたのもとんでもない話。

時は経ち、宮田さんも森さんもすながさんも大学を卒業して、私も大学生になって、アメリカに行って帰ってきて、気づいたら宮田さんの左手薬指には指輪が光っていて、森さんはなんかツイッター界隈でバズって、私の耳にはピアスの穴が開いて、いろんな人と出会って、いろんなものを嫌になるくらい失って、私は社会人になった。
変わらないのは、彼氏を連れていけてない(いないから)という状況と、Whoopsはとても愛されているということ。
(彼氏できたら連れてくるんで!と言ってはや9年)

たくさんの曲にたくさんの思い出が詰まっていて、曲が、バンドが、ライブハウスがタイムマシンの役割を果たしている感じを久しぶりに感じられた。

留学中のある日、授業からの帰り道。とても夕日が綺麗で、少し肌寒くて、なんとなくセンチメンタルな気分になって日本のことを想っていたら、「衛星」を聴きたくなった。
「多分、今日のこともいつか忘れてしまう」とすごく強く思ったんだけど、衛星を聴くといっつもこの感情と夕日を思い出す。

遡って高校2年生の冬。
学校に行けなくなっちゃった時も、渋谷までの定期を存分に活かしてよくライブに行っていた。
今学校行けてなくて、、、という話をしたら、別に腫れ物に触るわけではなく「へぇ〜まぁそんなこともあるよね〜」みたいな風に接してくれたのが嬉しかった。
その時に(多分)初披露されたのが「衛星」だった。LUSHだったと思う。

「湘南新宿ラインのテーマ」という曲がある。わたしは埼玉から湘南新宿ラインに乗って学校に通っていた。8年間。
あのMVに出てくるライブのシーン。あれは多分私の企画の時だと思う。なんというか、高校の思い出の全てが詰まっているのが「湘南新宿ラインのテーマ」だ。てかなんだ「湘南新宿ラインのテーマ」って。笑
でもKYARAでやるとき絶対に後ろの明かりがオレンジと緑になるのが好きだった。

なんかこんな話本当にいくらでも出てくるのが私にとってのThe Whoopsで、そういう気持ちがたくさん溢れ出てしまう1日だった。
いっぱいわらって、ちょっと泣いた。

森さん、本当にお疲れ様でした。
おもんないこと、私もしたくないもんなぁ。おもろいことだけして生きていくための脱退、最高に「森確実」って感じでいいです。

この夜のこともきっと、忘れてしまうけど。
こんな夜があったという事実だけはインターネットに託して。

いただいたサポートでココアを飲みながら、また新しい文章を書きたいと思います。