鮎川ゆり

トランスジェンダー(MtF)です。

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最近の記事

ママへ 今までどうもありがとう。言葉で表せないほど感謝しています

ママへ 今までどうもありがとう。言葉で表せないほど感謝しています 昨日は母の日。朝、ママのいる施設から電話があって、救急車で運ばれたとのこと。 朝食なんて食べていられないと思って、タクシーで搬送された病院に駆け付けた。 いまMRIを撮っているとのことで、待っていると先生からのお話があった。 左脳からの脳内出血で右半身麻痺と喋れない症状が出ているとのこと。思わず絶句してしまった。 ママは天使みたいな人で、今まで全く怒られた経験がない。いつも私の気持ちを第一に優先してく

    • 4人の男の子にナンパされてついて行った話

      久しぶりの更新になりました。思い出したくない話を書くと更新も辛くなるので、楽しい思い出を書きたいと思います。 横浜で性科学学会が開かれると聞いて、私も当事者として東京から横浜のみなとみらいに行って来ました。 夏だったので半袖のミニのワンピースにサンダル、カゴバックに長い髪の毛もお団子にして行ってきました。 沢山ある分科会の性同一性障害の分科会に出て、発言もしてきました。 その後、桜木町の駅の自動販売機で切符を買っていた時の事です。 4人の男の子に声を掛けられました。

      • ゆりちゃんの首に鈴をつけるのは誰か

        僕は女子としてノンカムで毎日楽しく会社に通っていた。以前の会社でカミングアウトしていじめに遭っていたので、当時は全くカミングアウトする気はなかった。 でも、ネット上では匿名でカミングアウトしていた。だってカミングアウトしないと自分の本当のことも気持ちも話せなかったから… 当時ネット上には「人間と性のフォーラム」というのがあり、私も活発に書き込んでいた。 もちろんトランスジェンダー(ノンカム女子)として… そこには男の娘とかゲイの人とかビアンの人とか、色んな人がいて楽し

        • 女子としての2つ目の会社

          学生時代の話が長くなってしまったので、その後の話を続かせようと思います。 最初にノンカム女子で入った会社は外資系の会社でした。でも日本から撤退することになって、南青山にあるIT系の会社に入ることになりました。 乃木坂駅のそばで、僕は吉祥寺に住んでいたので、中央線で新宿 → 山手線で原宿 → 地下鉄千代田線で乃木坂に通っていました。 女友達は沢山出来ましたが、特に仲の良い女子4人でいつもランチを食べていました。 おしゃれで安い社食があったので、普段はそこで食べていたんだ

        ママへ 今までどうもありがとう。言葉で表せないほど感謝しています

          アウティングで突然泣き出した後輩女子と態度が豹変した後輩男子

          アウティングされまくっていた大学生の時の話の続きです サークルのお茶会で、公開でいろんな学生を呼んで話し合いをしていました。 例によって私は男女の違いや性別について喋っていたわけですが、多分悪意はなかったと思うのですが、サークルの男子学生によって突然アウティングされました。 わたしの目をずっと真剣なまなざしで見て話を真剣に聞いていた下の学年のかわいい女の子が、突然泣き出しました。私は普通に女子だったので、きっとびっくりしたのだと思います。わたしも突然のアウティングにびっ

          アウティングで突然泣き出した後輩女子と態度が豹変した後輩男子

          アウティングされまくっていた話

          僕が大学生だったころは、まだアウティングなんて言葉もないどころか、トランスジェンダーもLGBTという言葉も認知されていなかったんだ。 僕は代ゼミの原宿校に通ってた頃はもう外見は女子だったので、トイレも女子トイレ、スカートも普通に履いて通っていました。 大学では一応戸籍は男の子だったので、知っている人は知っているけど、あえてこちらからはそんなに言ってなかった。 だから普通にしてると普通に女子に見られるんだけど、大学生のときは周りがいきなり性別をばらすことがよくあって、その

          アウティングされまくっていた話

          横浜デートと大阪・神戸旅行

          大学生のときの思い出です。 僕は大学に入学してすぐにESS(英会話研究会)のサークルに入っていましたが、その時、最初は友達で、のちに彼氏になったのがN君でした。 私は初対面で馴れ馴れしい人はあまり好きではないのですが、彼がまさにそのタイプで、最初の印象はなんて馴れ馴れしいんだろう。と思いましたが、だんだん一番仲良くなっていきました。 ちょっと世の中を斜に見ている感じで、僕が無口だったので、彼がおしゃべりなところと、時々面白い冗談を言うところ、おしゃれな場所が好きなところ

          横浜デートと大阪・神戸旅行

          女子の友達とMac購入

          ノンカムで入った会社で、僕は沢山の女友達を作ることができました。 女子同士だと、当然のことですが日によって態度が変わることはなくていつも同じ感じ。また常に本音を言うので、性格もはっきりわかります。 僕が分かったことは、男子も女子も自分を飾らずに素の性格は千差万別で、飾らない気持ちは魅力的だということ。 正直に本音を言う彼女たちの姿は魅力的だし、いつも仲間という感じを抱くことができました。 友達の彼氏がオーストラリアにいるということで、インターネットで連絡取れないかなと

          女子の友達とMac購入

          湘南の海で遊んでいたら、「ビキニの上が取れていますよ」と言われた話

          大学生の頃の夏休みの話です。 僕は大学の友達と、子供のころからずっと行っている江ノ島のそばの海で遊んでいました。 僕は予備校の頃は女子で代ゼミの原宿校へ通っていましたが、大学のときは戸籍の性別は男の子だったので、女子の格好をしていても私の性別を(言っている人は)知っているという状態でした。 まだ10代だったので、海に行って思い切り遊びたい年代です。 友達が「車があるから海に遊びに行こうよ」と言ったとき、何も考えず2つ返事でOKしました。 もう外見は女子だったのでなん

          湘南の海で遊んでいたら、「ビキニの上が取れていますよ」と言われた話

          ノンカムで女子で働くということ (2)

          ノンカムで女子として働いた初めての経験は、今までとは全く違うものでした。 飲み会があって、間違って隣の男の子が私のお箸を使ったら「間接キッスだ」と言われてたし、女子同士で缶ジュースの回し飲みも平気。他の女子たちは完全に私に対して心を開いていて、可愛い顔してニコニコ。わたしも女子だけど、女子ってこんなに素直で可愛いんだなって思えました。 男子はなんだか私にかっこつけていて、やっぱり可愛かった。 私はみんなから大切にされて、とても素直な気持ちになれました。 仲の良い友達も

          ノンカムで女子で働くということ (2)

          身体の不思議-性ホルモンについて

          今日は少しテクニカルな話をしたいと思っています。 僕が初めて女の子になりたいと思ったのは、小学校6年生の時の事。 13歳のときには、正直あそこを包丁で切り落としてしまおうかと思い、包丁を当ててみました。 でも痛そうだし、血が大量に出そうだし、結果として死にたくなかったし、早まったことをして後で後悔してもいけないと思い、10年待とうと思いました。 23歳になっても同じ気持ちだったら… そう思いました。 10年経っても結局、自分の気持ちは変わらなかった… 僕は以前も

          身体の不思議-性ホルモンについて

          ノンカムで女子で働くということ

          2つ目の会社でカミングアウトしまくって壮絶ないじめにあった僕ですが、次の会社では女子で働こうと思っていました。 壮絶ないじめがあったにもかかわらず、スカートやワンピースを沢山くれた女の子や、理解してくれた女子、何かイベントがあったら呼んでねと言ってくれた男の子など、今考えれば、理解してくれる人も多かったなと思っています。 でも次の会社ではノンカムで働こうと心に決めていました。 次の会社が外資系ということもあったのかもしれませんが、特に性別欄に丸をしなければ、名前も中性的

          ノンカムで女子で働くということ

          壮絶ないじめとトランジション

          吉祥寺のスタートアップ企業はとても楽しく、何年も働きましたが、会社の分裂や先輩の退社などで私も新たな道を目指し、辞めることになりました。 新しい会社は、港区に本社のある名前を聞けば誰でも知っているような超有名なTV関連のマスコミ関連会社でした。 前の会社もすごく自由な会社でしたが、次に入った会社も信じられないような自由な会社で、夏は短パンで会社に行っていました。 実は最初の吉祥寺のAI関連の会社も、面接はTシャツに短パンでした(笑) そこで僕はカミングアウトして、女の

          壮絶ないじめとトランジション

          吉祥寺のスタートアップ企業

          僕は新卒でIT系の会社に入りましたが、その後すぐGW前には辞めて家でぶらぶらしていました。 でも父の買ったパソコンでプログラミングなどはしていました。 いつまでも家でぶらぶらしていてもしょうがないので、夏休みに吉祥寺にあるAI系のスタートアップ企業でバイトをすることになりました。 社員はほぼ全員20代で、服装も完全自由、マンションの一室にある小さな会社でしたが、プログラミングの仕事は楽しかったです。 1か月後には社員になりませんかと言われ、戸籍の性別変更はまだできない

          吉祥寺のスタートアップ企業

          「性の悩み相談」に電話したら「妊娠とかで真剣に悩んでいる人が沢山いるので、そんなどうでも良い相談しないでください」と言われた話

          僕はトランスジェンダーです。生まれたときの性別と心の性別が違っています。男の子として生まれましたが、心の性別(性自認)は女性でした。友達にも母にもカミングアウトをした大学生の夏休み、新聞に載っていた「青少年性の悩み電話相談」に電話しました。 真剣に悩んでいたので、今までの経緯や心の状態などを恥ずかしかったけど電話で伝えました。そして回答を待ちました。回答は次の通りでした。 「女の格好で過ごしたいのならそうすればいいじゃないですか。妊娠とかで真剣に悩んでいる人が沢山いるので

          「性の悩み相談」に電話したら「妊娠とかで真剣に悩んでいる人が沢山いるので、そんなどうでも良い相談しないでください」と言われた話

          大学生時代の事(女子としての毎日)

          楽しかった大学生時代をもっと書いておきたかったので、ここで思い出したことを中心に書いていきたいと思っています。 僕は男の子として生まれました。でも思春期(小6~中1ぐらい)には、女の子になりたいと強く思いました。 でもそれを誰にも言えずに中高生は男子のふりをして過ごしてきました。 大学生のときは、服装も髪型も当然自由だったので外見は女子で通っていました。 知っている人は僕の性別は知ってたけど、知らない人からは女子だと思われていました。 スカートはそんなに履かなかった

          大学生時代の事(女子としての毎日)