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苦手なひとはウンコ

ショートショート

私は同じ会社に勤める桜井さん(44歳女性・大ベテラン)が苦手だ。
苦手な理由は「特定の人物に対して気分屋」の一択。よくある話だ。
入社して3か月経つが、外面がいい人だったので正体に気づいたのはここひと月くらいのこと。
ある日突然、「モヤモヤする」と小さい声で吐き捨てて、
他の人がまとめた書類を再度整理しだした(たぶんまとめ方が気に入らなかった)。
入社したては緊張感も手伝い、少々きつい口調で注意されてもあまり気にならなかった。が、最近は業務によって少しゆとりが出てきたので、「その言い回しどうした」と突っ込みたくなるタイミングがよくある。

桜井さんとシフトの休みが被ると損した気分になる。
桜井さんが休みの日は出社させてほしいし、桜井さんが出社する日は休ませてほしい。
月末で仕事が立て込んでいても、「桜井さんが休みなら行くか」と思える。
仕事が嫌いな私なのに、「行ってもいい」と思わせる桜井さん。すごい人だ。

今朝、始業の準備をしていたら、桜井さんが苛々しながら「これ確認もれです。確認しておいてくださいよ」と声をかけてきた。盛大なため息オプションもついている。
繁忙期に差し掛かった今、こんな態度はいつものことなので「すみません」「失礼しました」「気を付けます」の3パターンで返す。

それを見ていたほかの同僚が「さっきまたきつい口調で言われてたやろ?」とこっそり声をかけてくれた。
そういうふうに声をかけてくれる人がいるだけでだいぶ救われる。
桜井さんはそういうひと。みんな知っている、暗黙の了解だった。

「私はね、ウンコしたいんかなって思うようにしてるよ」

同僚が突然発した「ウンコ」に時が止まる。
同僚曰く、桜井さんに限らず機嫌が悪い人、煽り運転するひと、レジ待ちでイライラして舌打ちするひと、黄色信号なのに停止しないで突っ込んでくるドライバーはみな、「ウンコの我慢が限界な人」として片づけているらしい。

気分屋な桜井さんのことは好きにはなれないし、仲良くなんてなれないが、
ウンコを我慢していると思えば多少譲ってやってもいい。
肛門の間際までウンコが押し寄せてくるひりひり感。
人にやさしくなんて出来ないもんね。
老人こども押しのけてでもトイレ個室に入りたいよね。

それ以来、桜井さんの悪態はスルーできるようになった。
(その分尊重もできなくなった)

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