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読書会を開催するまでの道とこれからについて語る。


第一部 始まるまでの経緯

今回は私が読書会を始めた経緯について語ろうと思う。

はじめに、私はうまく社会に適合できなかった時代が長かった。適合できないとは、うまく働くことができなかった。就職しても、いろいろ理由を付けられて試用期間で切られてしまった。

そのため、ほんとうにどうしたものかと思った。社会に適合したい気持ちはあるものの、うまくいかない。だから、私はなんとかしようと行動をしていた。

小さなコミュニティに入るきっかけはそんなところだった。その中でいろんな場所と出会った。

まずは、港区でのコミュニティ時代の話は外せないだろう。ご近所ラボ新橋や芝の家など、地域交流の場に出かけていたのがその素養を作っていたと感じる。

とくに、対話ラボという対話を重んじる社会人サークルがその中で活動していて、そこで3年ほど交流していたら、なんか自分の力の使い方がわかった気がしてきて、社会復帰を実現する。

また、西国分寺にあるクルミドコーヒーというカフェも自分にとっては重要な存在だった。そこでは、朝もやという哲学対話のイベントもやっていて、そこにも出入りをしていた。なんとなく参加を継続するうちに、対話は自分にとって得意なのかもしれないという実感に変わっていった。

そこから、対話ラボが解散され、それと同時に私のコミュニティへの接点も消えていった。一度コミュニティの場から足を洗ったのである。

それから何年も経ち、再びコミュニティの世界に入ることになる。きっかけは、世田谷区尾山台にあるタタタハウスの存在だ。

たまたま尾山台にはワークマンという服屋があったため、何回か遊びに行っていた。その帰り、尾山台にはハッピーロードという商店街があるのだが、ほんとたまたまタタタハウスに入る機会があった。

タタタハウスは東京都市大学と提携をしていて、その日は学生主体でイベントが開催されていた。その学生の一人が、タタタハウス前で様子を伺っている私に声をかけてくれた。それをきっかけにタタタハウスに出入りをするようになる。

タタタハウスでは、まずはお客さんの一人として出入りをしていた。でも、それでは物足りなかった。なんか自分の活動の自由度が低い気がしていた。

そこで、タタタハウスで自分もなにかイベントを主催してみたいと思い、いろいろ考えた。考えたし、タタタハウスで開催されている他のイベントにも足を運んだ。

決定的な瞬間がくる。東京都市大学はタタタハウスの二階を借りているのだが、その場所を使用しているゼミである坂倉研が主催した会議フェスというイベントに参加したからである。

会議フェスとは、地域コミュニティとウェルビーイングを専攻としている坂倉研が、さまざまな地域コミュニティに関する会議を行い、それに参加した。

その会議の中の一つに尾山台の地図を作ろうというものがあった。地図を作るにしてもまちのなにを載せようかとのワークショップがあった。

その中で、私は既に尾山台にあるものではなく、尾山台にないものを書いてしまった。

それは、読書会と哲学カフェがあったらいいなというものだ。個人的に近場でこのイベントがあったら行くのにと思っていた。

その会議フェスの帰り尾山台の小さな本屋に入る。WARP WOLE BOOKSである。おしゃれな雰囲気のある店内を見回すと、「読書会の教室」という、読書会の始め方に関する本を見つけた。これだと思った。この本を読み、タタタハウスの人に相談し、読書会が始まった。

第二部 読書会が始まった

読書会が始めるにあたり、今回は一人で始めるのをやめた。というのも、過去に私は散歩の会を主催していたが、あまり人が集まらなかったからだ。だから、今度なにか会を始めようとしたときは誰かを誘って始めようと考えた。

読書会を始めた理由の一つに友達を作りたいという考えがあった。ほんとに友達がいなかった。いまもいるとは言えるかわからない程度だが……。だから、誰かに声をかけて始めたかったが、声をかける相手がいなかった。そこで考えたところ、6年前くらいに読書コミュニティで出会った人とSNSでつながっていたので、メッセージを送ってみた。相手も会うのが数年ぶりで会ってくれるかもちょっと怪しい感じだったが、どうにか会えた。そして、知識レベルが似ていたからか一緒に読書会をやることになった。

一番始めの読書会は一緒に組んだ相手と二人だけでやった。その様子をタタタハウスの人も見守っていたが、内容が悪くなかったと判断してくれたのか次もやっていいことになった。

始めはどこから声をかけて参加してもらえるかわからなかった。だから、まずはタタタハウスで出会っていた人に声をかけられそうな人の場合に声をかけていた。また、Eコミュニティ塾というコミュニティ運営のコツを学ぶ講座にもその頃に通っていて、そこで知り合った人も誘ってみた。

実際始めてみると、若い人が来てくれてもリピートしてきてくれることはなかった。私が開く会は、年配者が好んでくれるらしい。でも、これも会を始めてみないとわからないことだった。

それから、チラシの集客にも注力した。タタタハウスのゆうだいさんにタタタハウス前にチラシを置いていいことになっていた。

始めはデザインが良いチラシを作成し、配布していたがそれでは人は来なかった。だから、チラシを強化した。見本となるチラシを他の場所で見つけていてそれを真似した。デザインは専門でないから苦労したが、その頃に通っていたコミュニティスペースの学校という講座の講師に自分がやりやすいデザインで行くと良いとアドバイスを受け、自分ができるデザインを作った。すると、毎回会ったことのない人がチラシを頼りに読書会に来てくれた。チラシには読書会参加者によるエッセイ等の寄稿もあり、会の雰囲気が伝わったのかもしれない。

第三部 これからの私。目指す場所は。

読書会を始めてあと数ヶ月で一周年となる。2ヶ月に1回しかやっていないため、かなりゆっくりしている感じがある。

読書会を始めたときは、私と同じように社会に適合しにくい人もいつか来てくれるといいなと考えていた。しかし、実際始まってみると繰り返し来てくれる参加者もいて、その人たちのために会を運営しているのだなと実感してきた。

読書会も一つのコミュニティであり、継続して関係が生まれるとお互いに良い変化が生れるような気がしている。少なくとも私はこの会からもらったことや学んだことも多い。しかし、それ以上にコミュニティ自体そのものには力があると思っている。現に、私は働けない状況からなんか力を付けて働けるようになったし、会も始めるようになってしまった。だから、会に来てくれた人にはなんだかよくわからない力を身に着けてもらい、各自の生活の場で活かしてもらいたいと思っている。肝心なのはそのパワーを与えられるくらいの場を作れているかどうかという点だが、これは継続してみないとわからない。少なくとも過去に関わったコミュニティでは3年ほど付き合いがあったので、同じと考えるとそれくらいはかかってしまうかもしれない。

どこの馬の骨かわからなかった自分が過去にコミュニティと出会い、いまはコミュニティづくりをしている。偶然かもしれないが、私にできることは過去にやってきたことだけだったため、それを繰り返しているのだ。だから、私の会に来てくれた人もいつかは自分で会を開けるようになってほしい。読書会の参加者を見ているとまだコミュニティの初心者・中級者なので、自分でいろいろ動けるようになってほしいし、その力を送り続けたい。

最後に、私は生活がいま安定してきているからといって、これからどうなるのかまだわからない。考えたくはないが再び働けなくなる可能性だってある。しかし、いまなんとかうまく働いているのを活かしていろいろと世の中を見ている最中なので、どうかそれをさせてほしいと思う。

お金がない時代だっていろんなことが体験できたが、お金があるとお金を使ってまだ見ぬ体験ができる。いまはそれをやろうとしている最中だ。

仕事を抜かすと、読書会は私の人生の中心に置いているので、まずはそれを継続していきたい。

そして、お金を使っていままでたぶんやりたかったけど、できなかったことをやっていきたい。コミュニティを一度通った自分なら、いまならやりたいこともやり遂げられる気がしている。それだけ年を取ったし、経験もしてきたはずだ。

いままで培った力を活かし、たまに周りの人に力を与えながら、新たな自分を見つけていきたい。いまの自分ならきっとできるはずだ。


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