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Toinet ③

後藤さんは、とにかく馴れ馴れしかった。

「後藤正蔵だ。」

別に訊いてなかった。

「それ以外のことは教えられない。・・・秘密なんだ。」

別に訊く気も無かった。

「君の名前は?あ、実は年上だったらごめんなさいね!」

僕は会話をするべきか一瞬悩んだ。

しかし、この人の”悪い人ではないオーラ”とでもいうのか、雰囲気に押されて口は開いていた。

「遠藤です。遠藤将太。」

「え、遠藤、、、さん。そ、それでお年は?」

「あ・・・21です。」

「うし!俺、30!」

食い気味。そして後藤さんは精神年齢ではおそらく年下だった。

「・・・いいんですか?名前以外秘密じゃないんですか?」

これまた食い気味で、攻撃をひらりとかわすように後藤さんは質問を返した。

「将太さぁ!」

いきなりめちゃくちゃラフだ。

「何撮ろうとしたの?」

この質問を恐ろしく感じるポイントは、2点。

1つ目に、カメラの会話は一切していない。

2つ目に、シャッターすら押してない。

つまり見えてでもいない限り、カメラのことは後藤さんは知らないはずなのだ。

「・・・見えてます?」僕は恐る恐る訊いた。

「え?見えんの?え、見えてんの?」

「いやそうじゃなくて。なんでカメラの事わかったんですか?」

「レンズキャップはずして、電源つけたでしょ?」

驚いた。

「音で分かったんですか?」

「まぁね。ねえ何撮ろうとしたの?便器?それともウンチ?」

「違いますよ!」 

「そっか、将太さ!」

後藤さんの会話のテンポは少し疲れている僕には早く感じた。シャトルランの急かされていると感じ始める中盤とでもいうのか。

「なんですか?」

「どんなウンコだったの?」壁越しだけど後藤さんは多分にやけていた。

「だから違いますって!」

「いいよいいよ、俺らしかいないんだから。形悪かったんでしょ?だから撮らなかったんしょ?」

「初めましてですけど、怒りますよ。」

「それは嫌だ。ごめんごめん。」

そんなことを言いながら半笑いだった。もちろん、僕も怒る気はそこまでなかった。

「将太さあ!」

にしてもしつこかった。

「いい加減にしてくださいよー!」

「嫌なことあったの?」

「え?」

「なんかあった?」

後藤さんが何を揶揄しているかはすぐに分かった。

しかし僕は、数分前に起きた僕自身の絶叫現象にまだ理解が追い付いていなかった。

いや、考えたくなかったのだと思う。

「あぁ・・・すいませんでした。うるさかったですよね。」

「うん、うるさかった。痔になると思った。」

「まぁ大したことではないので・・・」

「最近の子は、大したことじゃないのに死にたくなるのか、地獄だな!」

後藤さんは大笑いしていた。大爆笑だった。

「特別に人生の先輩が聞いてあげよう!女だろ!女!」

ずっとこの人のペース。

「違います。」

「そっか、じゃあいいや!」気持ちいいくらいにそっぽを向かれた。

「諦めるの早っ」

「俺、恋バナ専門だからな。でもいいよ、することないから聞いてやるよ。」

不思議なのは、いつの間にか知らないおじさんに相談する気が起きるくらいには元気になっていたことだった。

「・・・未来が見えなくて、みたいな。」

「超能力者になりたいのか。」

ふざけているのかバカなのかわからないぞ、この人。

「将来の話です。卒業してからのことみたいな」

「そっちね。」

「不安定で不確かな幸せか、安定して着実なプチ幸せなのか。正解がわからないんですよ」

気付けば自分から話していた。おしゃべりな後藤さんからの返答がないことに急に恥ずかしくなる。

「もういいんですけどね。地元の実家継ぐことになったし。」

しばらく後藤さんは無言だった。気がする。

今更僕は無言が苦しく感じていた。

「こういう時って、どこかに電話するのがいいんですかね?警察ですかね?届けてくれたりするんですかね?ちなみに僕友達とかいないんで、助けてもらえるあてないですからね。後藤さんいないんですか?」

またしても返答はなかった。

実はスマホはここに来る前から電源が切れていて、使えるはずもなかった。

とりあえず何か拭けるものはないかとリュックを探そうとした矢先、

「なにしても後悔するでぇ」

久し振りにしゃべる後藤さんは関西人になっていた。

「今のあんさんが何をしたいかっちゅう話やないかなぁ。ちゃんと向き合えたらええなぁ自分と。」

後藤さんが色々考えて言ってくれているのはわかる。しかし、大人の優しさと勝手な価値観が襲ってきているように感じてしまうくらいに僕は弱っていた。確かに響いてないわけではない。が、だ。

風の音だけが公衆トイレ内を響き渡らせている。

「誰か来た。」

久し振りの後藤さんの声に、耳を澄ませる。

すると遠くから、救世主の足音が聞こえた。

僕らはこの時、短いようで長いトイレ生活からおさらばできると思った。

トイレに入ってきた。

田中さん。僕らの3人目の仲間になる人だった。

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